第134話

 


ようやく知れた幸架の悲痛な想いは、


"拒絶"だった。






「(………それで、幸架は幸せになれんのか)」


「……はい」


「(…………あははっ、…なんだ。

頭いーと思ったのは、気のせいだな)」


「?」





私は立ち上がり、幸架に近寄った。

幸架が、緊張で体を硬くするのがわかる。




わかるよ。

…うん。






わかる。











私のこと、傷つけたくないんだよな。

大事に大事に思ってくれてるの、知ってるから。



もう自分で抑えられない感情があるんだよな?

私にはその気持ちはわからない。


でも、どうしていーのかわかんなくて。

もうどうにかなってしまいそうで。


誰かに受け入れて欲しいとか、そんなこと考えるよりも、



自分自身で、

人間からかけ離れてしまっている自分の姿を拒絶してるんだ。





何年一緒にいたと思ってんだよ。



確かに何も知らなかったし、気づくこともできなかった。

分からなくても、鱗片くらい感じられたはずなのに、私はそれら全て見逃していた。





幸架の読心も。

ずば抜けて頭良かったってことも。


ずっと、

私に言えない"何か"で悩んでることも。



他にもきっと、気づけてないことがたくさんある。




でもさ。





誰よりも幸架のこと、知ってるつもりなんだぜ?


だってさ、だって。







誰よりもそばにいたんだ。









湊さんやゼロみたいに、私は頭良くない。

勘も良くないし、役に立てるものも何もない。





でも、

2人より、幸架のそばに長くいたのは、


私なんだよ。









だから、お前の嘘くらい、



読心できなくたって、


わかるよ。










「(………なぁー、ひとつだけわがまま聞ーてくれよ)」


「…何ですか?」




警戒する幸架に近寄った。

きっとまた怒らせるんだろうな、なんて思いながら。




たぶん、今までで1番のわがまま。











「何、してっ、」


「(……うん。ごめん)」


「………っ、」











ぎゅうっと、抱きついた。


慌ててるくせに、私を支えるように抱きしめ返してくれている。




焦っているような、早い鼓動が伝わってきた。





「……っ、………」


「(………幸架。

……その願い、聞いてやるからさ、)」


「…………」


「(…ちゃんと、……笑ってくれよ)」


「……っ」






動揺していた幸架の動きがピタリと止まった。







「(いい女見つけて、私に自慢してくれ。

そんで、幸架の一番幸せな顔、私に見せてくれよ)」


「……っ、…私には、家族なんてありませんよ」


「(また嘘ばっかり。

誰よりも寂しがりで強がりなくせに)」


「なっ、………」



何も言い返せなくなった幸架に、私は少し笑った。


そんな私を、幸架は躊躇いがちに。

私に回していた腕に、ほんの少しばかり力を込めて抱き返してくれた。



それから私の肩口に顔を埋め、動かなくなる。







「………俺より、璃久さんこそ。

早くいい旦那探してくださいよ」


「(なんでそーなんだよ)」


「……璃久さんの晴れ姿が見たいから?」


「(表の人間じゃねーんだからんなもんできるわけねーだろ。

つーか、私がドレスなんてもん着てるの想像してみろよ。

……キショイだろ)」


「フフッ、何ですかそれ」


「(いやいや、冗談じゃねーよ。本気で)」


「絶対似合いますよ」


「(…………)」






私さ、知ってんだぜ?


私が夜うまく眠れない時とか、うなされた時とか。



私が安心して眠れるまで、抱きしめてくれてたこと。




起きるといつも何食わぬ顔で朝ごはん作ってくれてたけどさ。


本当はな、何回も'"ありがとう"って言おうとしたんだ。



でも、ずっと一緒にいると、

お礼言うのもこそばゆくてさ。






素直になっときゃ、よかったな。








「(そう言う幸架こそ、さっさと嫁探せ。

仕事バカなお前には、手のかかる女がお似合いだ)」


「えぇ…。それは嫌ですよ」


「(なんでだよ。私にばっか押し付けてんじゃねーよ)」


「俺は一生独り身でいいんですよ。

それに木田さんの手伝いでもします。

璃久さんは、…母親に会いに行ってみたらどうです?」


「(え?…母さん?)」


「まだ行ってないんでしょう?」


「(………うん)」


「行ってきてみたらいいですよ。

そしたら、表社会に行きたくなるかもしれませんよ」


「(おま、…どんだけ私に表行ってほしいんだよ)」


「あはは」








その後、幸架が木田に電話をした。


璃久を迎えに来てほしい、と。





すぐに迎えに行くと行っていた、と言われた。





木田が来るまで、私は幸架にわがままを言いつづけた。





レモン水作ってもらったり、さっきみたいにかってに抱きついたり。



たわいもない会話をして、無理やり笑った。






たまに溢れそうになる涙を堪えるのがつらかった。


それに気づくたび、幸架はさりげなく私を抱き寄せて、その涙を隠してくれた。







木田が迎えに来て、私が部屋を出る瞬間まで、








幸架の腕は、



幸架の"嘘"は、












いつもの同じ温もりだった。








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