第130話





「……………え?」











あわあわしていた相手──幸架の動きも止まった。



2人で静止するという奇妙な光景にはなってしまったが、当事者の私たちは予期せぬ再開に固まる。



幸架を探していたのに、

会いたいと思っていたのに。



いざ目の前にすると、言葉が出てこない。




頭が、真っ白になる。




ドアにぶつけたからではない。

…………痛いけど。





「………璃久、さん?」


「(…………っ、…うん)」




うん、と答えつつ頷く。

何度も何度も、頷いた。




「なんで、ここに…。

保護されたばかりで、まだ木田さんたちといるはずじゃ…」


「(………それ、は…)」


「それに、………声、……」


「(あ…)」





もう慣れつつあった、声の出ないというこの状況。


でも、幸架がそれを知ったのは今だ。

自分のせいだと責めるに決まってる。




まずい、と思わず喉を抑える。





でも、ここで逃げ出すという選択は私にはなかった。


意を決し、コクリと頷く。





「………俺があんなことしたから」





ポツリと呟き、幸架が私の首元に手を伸ばそうとする。


触れる直前、何か気づいたようにピタリと動きを止め、その手が下される。




私はその手を目で追った。

いつも迷わず触れてくる幸架のその行動に、思わず動揺する。





そして視界に映ったその手は、両手とも包帯でぐるぐる巻きにしてあった。







私より、重症じゃねーか…。









下された幸架の手。

ゆっくりと視線を上げていくと、手だけでなく腕や首にも包帯が巻かれていることに気づく。





「(幸架、怪我、して…)」


「あぁ、…これは自分でやったんですよ。

もうほとんど治って来てますから」


「(でも、……包帯、血がにじんで…)」


「深いところがあったので。

死ぬわけじゃありませんし、生活に支障もありません」


「(そっか…。よかっ……くない!

全然よくねーよ!)」


「本当に大丈夫ですから。

それより、……璃久さん怪我は…?」


「(私は何も。……アズサ、…えっと、…)」


「梓のことは知ってますよ。

親則さんが引き取った少年ですよね」


「(え?親則さんが?)」


「あれ。聞いてませんでした?」






それは知らなかった。


だれかに引き取られているだろうことは知っていたが、まさか親則だったとは。





こんなところでまさかの。


世間は狭いというが、本当に狭かった。






「それより、なんでここに?」


「(幸架探して、手がかりないか、と思…)」


「…………………」


「(………………)」


「…………はぁ…」





今思えば、幸架が私に会いたいわけがなかった。


傷つけたことを後悔してる相手が、傷つけた本人に会いたがるわけねーだろ、普通。

何考えてたんだよ、私…。




自分の無神経さに今更気づいてうつむいた。





「…………木田さん達には何て言って来たんですか」


「(………………)」


「それに、ここまで何で来たんです?」


「(……………)」


「……………戻りますよ。送りますから」




幸架が立ち上がり、エレベーターの方へ踏み出す。


その手をとっさに掴んだ。


それと同時に幸架の肩がビクリと揺れ、バシンッと私の手が思いっきり振り払われる。




「あ……すみま、せん…」


「(…………いや、だ)」


「え?」


「(………戻りたく、ない)」






どうせ聞こえない。

だから、わがまま言ったって、別になんの問題も…。

















あれ……?








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