第128話


〜・〜




ひたすら走り続けた。


途中でタクシーも見かけたが、財布はもっていなかったため乗らなかった。




ようやく着いた、目的の場所。

ドアノブに手を伸ばす。



2人で過ごしていた、マンション。




「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…」



手が震える。


というか、何も考えずにここまで来たけど。

鍵持ってねーわ。


どうやって入ろうとしてたんだよ、私…。





うなだれてしゃがみこむ。

はは…と弱々しい苦笑が漏れた。


自分がどれだけ冷静さを失っていたか、ようやく気づく。




「(………幸架…)」



私は、まだ聞いてない。

どうして、幸架があんなに怒っていたのか。


悲しむとか、寂しがるとかじゃなかった。

突然言われて混乱していたというわけでもなく、あの時幸架は、…怒っていた。


……いや。違う気がする。




振り返って考えれば、あのとき幸架は別に怒ってなどいなかった。


やっぱり苦しそうな顔で、……あれは、嘘?






「(………あー、くそっ。

わかんねーんだよ。ちゃんと口で言ってくれ…。私は湊さんじゃないから、読心なんてできねーんだぞ)」




湊なら、きっとわかったんだろうな。

あの人はいつも、いつも、…何も言えない私と幸架の意図を汲んでさりげなく導いてくれた。


ふと振り返れば、立ち止まった時に背中を押してくれた湊の言葉がいつもあった。




でももうあの人はいない。

自分で一歩踏み出さなきゃいけない。





立ち上がった。

とりあえず、管理人室に行って鍵借りてこよう。


割と仲良くしてたし、事情を話せば鍵を貸してもらえるかもしれない。




よし、と決めて立ち上がった瞬間だった。











──ゴッ












「(痛っ………っ!)」


「え。あ、…え⁉︎」



突然ドアが開き、さらにそれが思いっきりひたいにぶち当たる。



痛みに悶絶もんぜつする。


待って、本当に痛い。

私の額割れてない?真っ二つになってない?


血が吹き出てジョワー!みたいになってない?





「すっ、すみまっ、えっと、大丈夫…ですか?

えっ、と、…あー…」


「(痛い…)」





額を抑えながらうっすらと目を開ける。

そこには、見慣れた靴があった。




思わずピシリと動きを止める。


痛みさえ引っ込んだ。





「とりあえず氷…持って来た方が、

あ、でも、……あーっと、」







ドアから出て来た人物はそうとう慌てているようで、あわあわと手を動かすだけで何もできていない。




でも、この声…聞き覚えのある…。





……あぁ、違う。

聞き馴染んだ声だ。







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