第122話
〜幸架Side〜
たわいもない話をして、彼女の緊張を解いた。
彼女の表情を見て、自分の直感が確信に変わる。
俺が好きだと言いながら、俺の大事なものをぐちゃぐちゃにしたこの女。
いつか何かするだろうということは、彼女と出会った5年前になんとなく気づいていた。
まさか、このタイミングで璃久に手を出すとは思わなかったけれど。
かなり油断し、安心しきったように頬を染めて微笑む彼女を見て、もうそろそろいいかと考える。
「………愛菜さん」
「はい?」
「知っていますか?
死んだ時の人間の脳がどうなっているか」
「え?」
突然話題が変わったことに首を傾げる彼女は、まだ微笑みを浮かべたままだった。
綺麗に化粧をし、女らしい可愛いスカートとブラウスを身につけ、ふわふわの髪を綺麗に結んで。
………それを見るたびに思う。
璃久には、オシャレを意識できる余裕さえなかった。
彼女は、遺伝子操作で生まれた子供の中ではいわば格下扱いだった。
能力値は高くとも、それを生かせる身体能力も、知恵もない。
それなのに、誰よりも生に執着して、生きようともがいていた。
その姿が、誰よりもかっこよくて。
ぎゅっと手を握った。
爪が食い込み、皮膚が裂けて血が流れる。
困惑気味の愛菜に向けて、口を開く。
「人間は、死んでから3分間は意識が保たれた状態で、その後脳はそのままの状態を維持するらしいんです」
「えっと、……それはつまり?」
「つまり、…」
殺す価値もない相手を殺す暇も手間も惜しい。
でも、もう二度と璃久に手を出せないようにしなければ、再び巻き込むことになる。
だから。
女だからといって、優しい言葉をかけてやることも、手加減してやるつもりもない。
「痛みや苦しみ、不安や恐怖を感じたまま死ねば、死後永遠にその苦しみを感じ続ける、ということですよ。
それに、息を引き取って3分間は意識があるにもかかわらず、何をされても抵抗できなければ、悲鳴もあげられないということです。
……俺の言いたいこと、わかります?」
「え……あ………」
完全に声を失った彼女は、さっきとは真逆。
真っ青な顔色に変わった。
それでも、微かに嫉妬と期待の瞳で俺を見つめてくる。
俺は、別に俺に好意を寄せてこようと嫌悪を向けられようと、どうでもいいのだ。
付き合えと言われれば、利があるならいくらでもどこまでも付き合える。
でも。
本気で受け入れてほしいと思って近づいてくるなら。
それで璃久を傷つけるなら。
口の端を上げ、ゆっくりと言葉を放つ。
「──最高ですよね」
「え………何を、…おっしゃって…
だ、だって、死んでもずっとって、…肉体がなくなっても苦しむって、痛いままって、こと…」
「そうですよ」
「ど、どこが、最高なんですかっ」
愛菜が、ガタガタと震え始めた。
自分を守るように腕で自分を抱きしめ、視線を彷徨わせる。
「……痛みも苦しみも永遠なら、死んだ後も俺のものにできるんですよ」
「……な、にを言って、……」
「俺のこと、好きなんだっけ?」
「え…?…っ…」
愛菜に近寄り、その髪をそっと手ですいた。
それからその髪を耳にかけ、唇を寄せて囁く。
「こんな愛でよければ、
喜んであなたに差し出しますよ」
まるで死人のような顔で、愛菜は悲鳴をあげた。
頭を抱え、私から逃げようと部屋の隅に走りだす。
「なんで逃げるんです?」
「こっ、来ない、でっ」
「酷いですね。
璃久さんにあんなことできるくらい、俺のこと好きなんじゃなかったですか?」
「ごっ、ごめん、なさいっ…
ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ…
もっ、もう、しません、から…っ、
だ、だからっ、…」
「遠慮なんてしなくていいんですよ」
「し、してなっ…」
最高の笑みを向けた。
もう二度と、璃久に手を出せないように。
もう二度と、希望なんてみつけられないように。
「生きてても死んでてもちゃんと愛してあげますから、安心してください。
それが望みだったんでしょう?」
蒼白な顔で愛菜は震えるばかり。
何も答えず、何も言わない。
ガタガタ震える彼女の前にしゃがみ、首筋に軽くキスを落とした。
愛菜の体がビクリと震える。
「い、いい、です。
もう、いいです、から…
私が、私が、っ、悪かった、です…」
ごめんなさい、ごめんなさいと愛菜は繰り返す。
好きでなくても、触れることはできるし、愛することだってできた。
もちろん、体の関係だって求められるなら答えるし、言葉がほしいならいくらでも愛の言葉をかけることができた。
でも。
心だけは、
あの人だけを、求めている。
それだけは、
意思も理性も騙せない。
俺だけの、心だ。
誰にも渡さない。
俺だけの、
俺が唯一自分の中で大切にしてきた、
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