第98話



電話をかけ終わったらしい女性──るみと呼ばれていた──が、男──大地に近寄り何かを話し合い始める。




それを視界の端に移しながら、俺は辺りを見回した。


2人の仲間らしき人たちのほうが圧倒的に多いが、俺のように騒ぎを聞いて集まっている表社会の人もちらほらいるようだ。




首からダラダラと血を流す子供を見て、蒼白な顔をしている。





「あなた、どうしたら私たちを信じてくださいますの?」


「………」


「何か、…要求があるなら、聞きますわ。

だから、…手当だけ、させてくださいません?」


「………」





子供は動かず、じっとしたままだ。

しかし、るみが近寄ろうとすればナイフを食い込ませる。



何もできない状況に、もはや誰もがお手上げだった。





「るみ、大地」


「あっ、如月さん!」





と、車の音がして振り返ると、1人の男性──如月が5人ほどを連れて歩いてきた。


首から血を流す子供を視界に移すと、如月は表情を険しくさせる。




「状況は変わらず、か」


「えぇ…。どうしたらいいか…」


「交渉しようにも、一言も話しねぇんですよ」


「そうか…」




如月は前に進み出て、子供の前まで歩いて行った。

そしてその子供がナイフを強く握った位置で足を止める。




「……俺たちは君を保護していたつもりだったんだが、…何か、気に入らないことがあったのかい?」


「…………」


「教えてくれれば、それを改善できる。

もしかすると、君と同じように思っているのに言えてない子もいるかもしれない。

……教えてくれないか?」


「………」





如月はじっと子供を見つめ、晒さなかった。

しかし、その視線は威圧的なものではなく、子供の返答をゆっくり待っているようなものだった。



焦りや急かしも含まないその雰囲気に、すごいなぁと感心する。





しばらく沈黙が続き、ようやく子供が口を開いた。


しかし、それは如月に向けられたものではなく。








「…………ねぇ、君」













誰に向けられているかもわからない、こんな言葉だった。



あたりがざわつき始める。


これにはさすがの如月も困惑を隠せないようで、視線をるみと大地に向けた。


だが、やはりるみと大地にも意味はわかっていない。

2人とも首を横に振るばかりだ。




「ねぇ。何しらばっくれてんの。君だよ、君。

そこで傘さしてずっと僕を見てる、君」





ようやくその子供がその瞳に移したのは。






俺だった。






子供はナイフを首に突きつけたまま、俺の方にゆっくりと歩いてくる。


その子供には、何か、不思議な空気を纏っているような感じがした。

そのせいなのか、その子供が通る場所を、人だかりが避けて行く。




そして俺の目の前まできて、その子供は止まった。





「ねぇ」


「………っ、…」


「………ねぇ。僕を拾って?」


「え…」





子供はようやくその首からナイフを外した。


そしてそのままナイフを手放す。






カラン、と軽い音を立てて、ナイフは地面に落ちた。









「……だって、」















言っている意味はわからないし、何がしたいのかもわからない。



でも。






無表情だったその子が、ふわり、

やっと浮かべた表情は。









「君には、僕が必要でしょ?」












泣きたいくらい、優しい笑みだった。














「……君の、名前は…?」



「僕?……僕は、」







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