第97話
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親則の話
あの日は、大降りの雨が降っていて。
カフェに行きたい気分にもなれず、かといって家にいたい気分でもなくて。
傘をさして、ぼんやり歩いていた。
春になる前。
ようやく騒ぎもおさまって、街の復興が始まった頃だった。
繁華街に入る少し手前、そこに人だかりができていた。
いつもならそういうものに足を止めたりはしない。
でも、その日はなぜか気になって足を止めたのだ。
「落ち着いて。私たちは敵じゃないのよ」
近寄ると、そんな声がした。
今度は背伸びをしてみた。
そこにいたのは、自分の首に食い込むほどナイフを当て、無表情に前を見つめる子供がいた。
その子供の視線の先には、5、6人の大人。
なんとか説得しようと声をかけ続け、近寄ろうとしている。
しかし、その大人が一歩でも近寄ろうとすると、その子供は首に宛てたナイフをさらに強く自分の首に押し付ける。
「お願い、話を聞いて。
私たちはあなたを保護するために来たのですわ。決して傷つけようと思っているわけじゃないの」
説得を試みる大人達は焦っているようだった。
それもそのはずだ。
その子供の首は、すでに出血が酷い状態だった。
「あの。この騒ぎは…?」
俺は近くにいた、あの子を説得しようとしている大人の1人に声をかけた。
振り返った男性は、困ったように苦笑し、丁寧に説明してくれた。
「あぁ。実はあの子さ、一回は保護した子なんだ。
ここ1週間くらいは蜘蛛…俺たちで預かってたんだけどさ、昨日突然失踪しちまって…。
やっと見つけたと思ったら、どっから持ってきたのかわからんナイフであんな様子で…」
「なるほど…」
話を聞くに、あの子は裏社会の子供か。
最近、裏社会で実験に使われていた子供達を保護する活動がされているのは知っていた。
あの騒ぎに乗じて、組織から逃げ出す子供たちは少なくなったらしいから。
よくニュースでも見つけたらこちらに電話を、と報道されていた。
実際に見たことはなかったけれど、いざそういう子供を目にすると胸が痛んだ。
…そういえば、秋信と往焚も産まれから裏社会だと言っていた。
こんな風に、人を信じられずに幼少期を過ごしたのだろうか。
首にナイフを当てる子供は無表情で、何も信じていないような感じがした。
それに、自分の首だというのに、容赦なくナイフを食い込ませている。
自分の命なんてどうでもいいと思っているのか。
「わ、わかりましたわ。下がります。
だから、そのナイフを下ろしてくださいません?」
女の人が両手を挙げ、数歩下がる。
それを合図に、彼女の後ろにいた数人の大人達も下がり始めた。
それでもその子供は自分の首にあてたナイフを下げることはない。
「ど、どうしましょう…。
大地、どうすれば….」
「落ち着けよ、るみ。とりあえず如月さんに電話してみようぜ。
俺たちじゃどうーにもできねぇーし」
「そっ、そうですわね」
女性はさっき俺に説明してくれた男性と話し、電話を手にとってどこかにかけ始めた。
全員の表情は険しい。
俺も顔を上げた。
何を考えているのかわからないその瞳は、どこか暗く沈んで見える。
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