第68話




あたた、かい。




何も感じられなくなっていたはずなのに、

リクに伸ばした手が、何かに覆われている。


それが、とても温かくて。






重い瞼を何とか必死に持ち上げた。

ぼんやりと霞む視界の中。









目の前に、

愛しい彼女が、いた。











「な……ん…っ」


「よく見ろ。それはセクハラ親父だ。

私じゃねーよ」


「え…?何、が…」






ついっと指さされた方、リクを見た。



ぼんやりとしか見えないが、グッタリと横たわるリク──ではない。

木田誠がいた。






「木田、さん…?」


「そー。私はここ。

つーか、何やってんだよ。こんなことして…

ボロボロじゃねーか」





璃久が俺の腕を持ち上げ、インナーの袖をまくり上げた。


血に染まる包帯をゆるゆると解かれると、そこには大量の歯型とえぐれた肉がある。






「うっわー…。

幸架…やりすぎだろ」


「離、れてくださいっ」





とっさに璃久を振り払った。


余裕がなくて強く突き飛ばしすぎたせいで、璃久が体勢を崩した。




「……っ、」


「あ…すみませっ、」


「あー、大丈夫大丈夫。

んなヤワじゃねーのは知ってんだろ?」


「………っ、……すみません」





はぁ、まったく、と言って璃久は立ち上がり、埃を払った。


それからもう一度私の方へ近寄り、俺の手を取る。





「やめっ、触らないでください!」


「はー?何でだよ」


「何されたか忘れたんですかっ⁉︎

見てわかるでしょう!

俺だってもう、余裕ないんですっ!

だから、」


「問題ねーよ」


「あります!」


「だから問題ねーって」


「何でそんなに余裕なんですか‼︎‼︎」


「だって幸架、今私に何もしてこねーじゃん」


「え…」


「会話成立してるし。

…ほら、問題ねーだろ?」


「あ…」








言われてからようやく気づく。


ちゃんと、周りの景色が見えるのだ。




ずっと璃久だと思っていた人が木田だということも、目の前にある人物こそが璃久であることも。


自分の血でできた血だまりも、璃久の白い綺麗な指も、木田の青い顔も。






色もわかるし、周り見える。


なにより、璃久の言ってることが、

ちゃんと頭の中に、耳に入ってくる。








「今の幸架は冷静だから、大丈夫だろ。

ほら、正気でいれてる間に手当てさせろよ」


「あ…。ありがとう、ございます…」


「どーいたしまして」





璃久は懐から応急処置道具を取り出し、私が身喰いや自傷した場所を手当てし始めた。


私は何とか起き上がり、ビル壁に背を預ける。




私の応急処置をしている璃久の手を眺めた。







「なぁー、幸架」


「…はい」


「何悩んでたんだ?」


「え…」




チラリと璃久が俺に視線を向ける。


それは一瞬で、再び俺の手当てに意識を集中したようだった。





「幸架、いつも弱音吐かねーじゃん。

泣いていーからとか、俺はずっといますよとか言いながら私を甘やかすけどさ。

……幸架は、何かしたいことなかったのかよ」



「俺の、したいこと…?」



「そ。

まぁー、それが今回私にしたこととかなら、私だって納得しなくもねーけどさ。

……幸架がもともと、人間としての機能が少ねーのは知ってたし」



「……」



「あ、今は言ーなよ?

もー少しまともに物事考えられるよーになったら、私に教えてよ」



「…………はい」







両腕に包帯を巻き終えると、璃久は俺の首元に触れた。







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