第9話
「………2人とも、幸せそうですね」
「………そー、だな」
本当に、幸せそうだ。
何もかもに飢えていた2人が、
満たされたように微笑んでいる。
もう2度と離さないというように握られた手。
「……離したくないが、死因は調べないといけないよな…」
「花見客でごった返してるし、運ぶなら人手もいるか。手配してくる」
「………なら俺はこの場の観察をする」
如月が、迷わないよう張っておいた糸を頼りに引き返して言った。
警備をしている蜘蛛の組員を呼びに行ったようだ。
開理と木田が2人に近づく。
「…………お前ら、そんな風に笑えたんだな」
2人の前にしゃがみ、切なげに瞳を揺らした木田がつぶやく。
いつも嗤っていた。
人間なんてと絶望し、希望し、羨望していた2人。
その2人は今、心からの笑みを浮かべている。
開理が躊躇いがちに、繋がれていない方の男の手を取った。
そのまま手首に触れる。
「………まだ、死んでそう時間経ってないな。
体温が残ってる」
ゆっくりと手を離すと、開理は男の頰にそっと触れた。
「………もう、苦しくないか?」
返答がないことはわかっている。
死ぬことのできない体だった男。
どんな傷を受けても、どんな毒を盛られても、
苦しくて痛くてつらくても、死ねなかった男。
彼は今、穏やかに眠っている。
そんな男を、彼は愛おしげに見つめた。
「………さて、とりあえず如月が戻って来たら運ばなきゃなんねぇし。
……この手、固まる前に離さねぇとな」
「………そうだな」
死後硬直はまだのようだ。
本当に今さっきまで、この世に存在していた命である証だ。
木田が、繋がれたままの2人の手にそっと触れた。
「………許せよ」
男の手の上に置かれていた女の手を、木田が持ち上げる。
「………あれ?なんか持ってる?」
「え?」
地面に置かれたままの男の手の中が、キラリと光った。
思わず声を上げると、全員が再び男の手に視線を移す。
開理が近寄り、男の手の中にあったものを持ち上げた。
「…………ピアスだ」
彼らの手に握られていたのは、
2つのピアス。
かつて、小鳥遊咲夜と呼ばれた男と、
彼と愛し合った女性がつけていた。
アレキサンドライト
──秘めた想い
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