第9話


 事前に打ち合わせたのだろう、モブ子とモブ夫はペイント弾を二人同時にこちらに構えた。


「よし分かった。貴様達、この女の命が惜しかったら銃口を下ろせ。銃を捨てる必要はない。ちなみにこの散弾銃は本物だ。ペイント弾ではない」

 そう言って悟くんは私に銃口を向けた。


「え」


 とモブ子とモブ夫、そして私は同時に言った。


「状況が分かっていないようだな。女の方、ペイント弾を床に置いてこっちに来い。説明してやる」と悟くんは言った。


 モブ子は震えながらペイント弾を床に置くとモブ夫に目を合わせた。モブ夫は頷き、モブ子はこちらに歩いてきた。完全に怯えている。


「耳を寄せろ」と悟くんは指示してモブ子はその通りにした。「戻れ」


 モブ夫の隣に戻ったモブ子は床のペイント弾を拾ってモタモタしている。


「互いに銃口を向けろ。当たると意外に痛いからな。女はスカートの裾を広げろ。男はそこに当てるんだ。女は何処でも良いから当てろ。男は我慢しろ」悟くんはナチュラルに女尊男卑した。「ペイントは洗濯すれば取れる。安心しろ」


 言われた通りモブ子はスカートの裾を持って広げた。そしてモブ夫がそこにペイント弾を発射すると同時にモブ子はモブ夫の足にペイント弾を撃った。

「痛っ」とモブ夫は言った。


「ごめん、痛かった?」とモブ子が労うと「平気だよ」とモブ夫は答えた。


「終了〜、だぜ」と何処からか現れた海賊ウサギは言った。


「どうやら無事に済んだな」と悟くんは銃口を下ろして言った。


「無事なわけあるか!」と私は悟くんのお尻を蹴った。


 前のめりになって四つん這いになった悟くんは冷静に言った。

「何をする」


「殺す気か!」


「殺さない」と言って悟くんは立ち上がる。「巨大蜘蛛を撃った時点で銃は空だった。予備は拾ったが装填していない。見てただろう?」


「だったら事前にそう説明しろや! 銃の仕組みなんて知らんがな!」


「ふむ。忘れていた」悟くんは人差し指を立てて上を向いて言った。


 殺したい。


「ご褒美タイムだぜ」とそこで海賊ウサギは言った。


①相棒のスパダリからハグされる

②相手のスパダリをフラグごと手に入れる

③相手も相手のスパダリもNPCにする


 ③だけ急に異質になった。これがこのゲームの本質である。   

 NPC、つまりモブ子もモブ夫も名前すらない背景のような人物になるという事だ。


「さあ選べ、だぜ」海賊ウサギは言った。


「③で」と私は間髪入れずに言った。


「じゃあこれからモブ子とモブ夫は名前のないキャラだぜ!」と海賊ウサギは言った。


 二人は一種戸惑いつつもやがて頭を下げて立ち去った。


「これで良いのか」と悟くんは訊いた。


「ええ」と私は答えた。

 実はこの後に控えるイベントで名前のある役はほとんど死ぬ。ルートによっては無事だが、少なくともモブ子とモブ夫はそれでも高確率で無事にすまない。

 つまり名前が無くなれば過酷な運命にあわずに済む。


「良かった。二人を救えた」私はヘナヘナと床にへたり込んだ。「アンタ、私を人質にした時モブ子になんて言ったの?」


「ここで負けてもブラックローズはお前達の無事を一番に考えているから安心しろ、と」悟くんは言った。


 まあ、その通りだけれど。

「それにしてもあの無茶苦茶なやり方が通用しなかったらどうする気だったのよ?」


「あんな善良な奴らが従わないわけがない」メガネをクイっと上げながら悟くんは言った。


 一応人を見る目はあるのか、と思った。


「第四ステージだぜ!」と海賊ウサギは叫んだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る