第2話

「そんな事言っても困るぜ。ルーレットは絶対だからな」海賊ウサギは悟くんを宥めた。


「そうか、ならば仕方ない」悟くんはメガネをクイっと押し上げてミカエル王子に言った。「棄権したまえ! 君、僕を殴る気だろう?」


 うわ、ダッサ。 

 普通なら「君に怪我をさせたくない」とかその辺の自信にあふれたセリフが聴けるところなんだけど。


「俺は怪我をしたくない!」


 自分に素直な奴だ。

 だがミカエル王子は思ったより動揺している。


「僕だって他人を傷つけたくはない。出来ればそれ以外の選択肢が欲しいな」


 イケメンの言う事には説得力がある。悟くんもすっかり笑顔だ。


「そうか、ならばジャンケンで決めるのはどうだ」


 悟くんの提案にミカエル王子は頷いた。 


 ヒロインであるエリアナは笑顔のまま固まっている。 

 そりゃ「拳で決着つけなさいよ!」とは言えないしねえ。


 不思議なことに海賊ウサギは何も言わずに成り行きを見守っている。

 二人はデスゲームの舞台であるチェックの床の上で対面した。


「最初はグー」とミカエル王子がジャンケンの掛け声をかけたその時だ。 


「悟パーンチ!」

 そう言って悟くんはミカエル王子の顔面にグーバンチを放り込んだ。


 えええ。


 エリアナもすっかりドン引きよ。


 鼻血を出したミカエル王子は戦意を喪失している。


「勝者悟くんだぜ!」と海賊ウサギは悟くんの右腕を持って高く上げた。


「正義は勝つ!」と今一番言ってはいけないセリフを悟くんは叫んだ。


「あの、ルール上問題はないですか?」と私は一応訊いた。

 まるで授業参観日に来た母親の気分だ。


「ああ、無いぜ。俺は『素手の殴り合い』って言ったしな」海賊ウサギは続けた。「勝者は褒美がもらえるぜ。次の中から選びな」


①相棒のスパダリからご褒美のキス

②相手のスパダリをフラグごと手に入れる

③相手のスパダリをモブキャラに降格


「さあ、選びな!」海賊ウサギは突如出現した電光掲示板に提示された条件を指差して言った。


 これが「デスゲーム」の由来だ。ミニゲームのくせにエグい選択肢を提示する。

 たまに悪ふざけのような選択肢も用意するが大半はゲーム内容すら変わるようなシリアスな内容を含んでいる。


 エリアナから笑顔が消えた。

 スパダリが一人消えるか、もしくはフラグが折られるんだ。無理もない。


「いいい、①で」私はエリアナの笑顔を消したくなかった。


「そんなに俺様と粘膜接触がしたいのか。このどすけべ女」と悟くんはとんでも無い事を言った。


「違うわよ! だってエリアナもミカエル王子も可哀想じゃない!」

 

「ふぅ、やれやれ」と悟くんは肩をすくめて完全マウントの体勢だ。


 殺したい。

「それよりアンタなんであんな卑怯な真似するのよ!」 


「君は俺様が相手のハーレム要員になるか、モブキャラになって話す事も出来なくなる事を望んでいるのか?」


「別にそこまで望んでは」


「じゃあ良かったじゃないか」と悟くんは真顔で言った。「ねー、ナノハちゃーん」とさらにスマホに向かって言った。


 コイツ。

 確かに負けたらそういう罰を受ける可能性はあったけれど。


「ご褒美タイムだぜ」と海賊ウサギは促した。


 嫌だなあ。

 

 露骨に顔を歪めていたのを察知したのか、悟くんは近づいてきてから言った。「手を差し出せ」


 私は反射的に従ってしまった。右手を差し出す。


 悟くんは跪いて私の手の甲に軽く挨拶程度に唇を触れた。

 確かにこれもキスだ。


「一応言っておく」と立ち上がってから真剣な表情で悟くんは言った。「俺様に気を使う事はゆるさない」


「え、あ、はい」

 正直なところ、意味を掴みかねた。どういう意味だろう。


「第二ステージだぜ!」と海賊ウサギは高らかに宣言した。

 チェックの床から都会の雑踏風景に変わる。 


 私たちは勝ったのだ。

「なんか納得いかないなあ」


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