あんたとシャニムニ踊りたい 第4話「キミだけがいない世界」

蒼のカリスト

第4話 「キミだけがいない世界」

 夏休み前、メッセージアプリで連絡交換をしていた宮本さんから、ファミレスに集合が掛かった。 

 話がしたいらしいので、昼前で暑い時間帯で出かける気は失せていたが、暇だったので、相手しようと出かけることにした。


 「遅い、羽月さん、パンケーキおごって」


 「全然、遅くない。むしろ、定刻通りなんだけど」 


 「冗談だってば、冗談。はははは」


 冗談というテンション感でない気もしたが、私は彼女の話を笑って、受け流し、席に座った。


 「何頼む?」


 「ウーロン茶」


 「おっさんかよ、キッツ」


 「他人の飲み物にケチつけないでくれる?ドリンクバーにする」


 「じゃあ、注文するね」 


 宮本さんは、机に置いてあるタブレットに注文、その後、席を立った。  

 私がするのにと思いつつも、グラスに並々のウーロン茶を持った宮本さんが現れた。


 「はいよ」 


 「どうも」


 宮本さんは席に着き、私に視線を合わせた。


 「ねぇー、あれから、晴那に会った?」


 「会ってないけど」


 「じゃあ、知らないよね。アイツ、全国行くって」


 「そうなんだ」


 「そうなの!アイツ、そういうとこあるからなぁ。まぁ、いいや。最近も、県大会あったけど。そもそも、県内でアイツに勝てるヤツはいないし、その前に標準記録突破してたから、当然っちゃ、当然なんだけど」


 「詳しいね」


 「羽月さん。友達なら、感心持たなきゃダメだよ。それ知ったら、アイツ、悲しむと思うな」


 「そうだけど・・・。どう接していいか、分からないと言うか、恥ずかしいと言うか・・・」


 宮本さんの言う通りだ。私は受け身になっている。いつも、暁が引っ張ってくれるから、私は何もしなくても、きっと、どうにかなると思っている節がある。 


 「まぁ、いいけどさ。アイツ、人気高いから、気を付けた方がいいよ。特に女子から」


 「男子じゃなくて?」


 「アイツ、何でか、女人気高いんだよねぇ。羽月さんもそうでしょ?」


 宮本さんの口から、出て来る暁はまるで別人のようで、何処か、遠くの人に思えた。


 「そうかもね」


 「まぁ、今は合宿だし、アイツには会えないから」


 「その話をするために?」


 宮本さんは、赤面しながらも、下を向き、ぼそぼそ、聴こえない声で呟いていた。


 「宮本さん?」


 「そ、そうだけど、そうじゃないし、それもあるんだけど」 

 すぐに顔をあげ、再び視線を合わせた。


 「勉強教えて、今のうちに宿題終わらせたいの!頼れるの羽月さんだけなんだって!」


 これは賄賂かとすぐに納得出来た。


 「きっと、暁はやってないだろうしさ。此処で出し抜くチャンスと思ってて。お願いしますよ、羽月先生!」


 面倒くさい気持ちが強いが、せっかくなのでと付き合ってやろうと思った。


 「分かった。手伝うけど、此処は止めよう。どうにも、集中できないし」


 「じゃあ、ウチ来る?」


 「いいの?親御さんは?」


 「いいし、どうせ、夜遅くにならないと帰って来ないし。居ても、怒る親じゃないからさ」


 暁といい、彼女といい、放任なのか、忙しいのか。 様々な家庭環境があることを知るばかりだった。


 「その前に、パンケーキ食べる?」


 「いらない」


 私と宮本さんは飲み物を飲み終え、席を立ち、会計を済ませ、店を後にした。 会計は宮本さんがしてくれたので、本当に賄賂だったのか。

 たかが、数百円で買収される私ってと考えたものの、たまにはいいかと諦めた。


 宮本さんのマンションを訪れ、私は彼女の夏休みの課題を手伝った。 

 やる気はあるが、どうも、空回りしている。暁は物分かりが良かっただけに、どうにも比べてしまった。 

 夕方までには、3割は終わらせたが、その頃にはだいぶ、宮本さんは燃え尽きていた。


 「へいき?」


 「むり」


 「私、帰るね。今日はお邪魔しました」


 待ってと立ち上がろうとする宮本さんは、本当に気遣いの人だ。


 「送るよ」


 「ありがとう」


 宮本さんと私は部屋を出て、突き当りのエレベーターに乗り込んだ。


 「何で、私を信用するの?あんなに私のこと、嫌いだったのに」


 「そういうの言っちゃう?普通は嫌われるから、言わない方がいいよ」


 「分かってるけど、聴きたいの」


 宮本さんは考える素振りをしながら、口を開いた。


 「晴那が信じているからかな?それだけ。それに、普通の人は勉強手伝ってと言っても、手伝ってくれないし」


 「買収しても?」


 「痛い所突くのやめて」


 エレベーターが一階に到着し、お互い、マンションを出た。


 「じゃあ、ここで」


 「ありがとう」


 「何が?」


 「勉強教えてくれて、晴那を信じてくれて」


 「う、うん」


 「じゃあね」


 宮本さんと別れ、私は帰ろうとした刹那、メッセージアプリから、電話が掛かって来た。


 「も、もしもし?」


 「お そ い !」 

 その声は紛れもなく、暁晴那その人の声だった。 

 きっと、宮本さんが気を回したのだろう。


 「な、何が?」


 「何で、連絡くれないのさ?」


 「〇INEはしたよ、けど、あんたが既読つけないから」


 「電話すればいいじゃん」


 「電話苦手。何話せばいいか、分からないし、沈黙が嫌」


 「それより、妃夜。朱音に勉強教えたって、本当?」


 「話の腰折るな」


 「どうなの?」 

 矢継ぎ早に語り掛けてくる暁に辟易したが、何とか、話を止めずに言葉を続けた。


 「そうだけど」


 「あたしもやりたかった!まぁ、やってるけどね!」


 「だったら、要らなくない?」


 「そういう問題じゃないの!」


 「そうですか、分かりました。じゃあ、切るね」


 「待って待って!妃夜、今度、夏祭り行かない?」


 「へっ?」 

 彼女からの突然のお誘いに、私はフリーズしてしまった。 


 「だから、夏祭り!一緒に行かない?2人だけで!」


 「え、いいけど・・・、その何で、ふたり?」 


 「深い意味はないよ。息抜きがしたいだけ。いやなの?」


 女子に人気があるという話や少し前の裸が、頭にチラつき、どうにも、彼女と話す際、動揺を上手く隠せない私が居た。


 「いいけど、他の人たちはいいの?特にあの・・・」


 「朝?アイツ、人混み苦手だからさ、行きたがらないし」


 「そ、そう」


 「いつも思ってたんだけど、妃夜。何で、朝の名前言わないの?」


 ドクンと胸に堪える物があった。 

 私は彼女からの電話を切ってしまっていた。


 私は他人を信じない。誰も信じたくないから、人の名前は言いたくないのだ。 あの時から、私は未だに、誰も信じてはいないのだ。 

 どれだけ、暁や皆と出会っても、私の本質は何も変わってはいないんだ。 

 それが何だか、悲しくて、悔しさが滲んでしまった。


 家に入ると母親では無く、朔夜姉さんが出迎えてくれた。


 「お帰り、泣いてるの?」


 「うん」


 「あっ、そう」


 朔夜姉さんと別れ、手を洗いに、洗面台に訪れた。 手を何度も洗い続け、鏡を見た。 なんて、酷い顔なんだろうか。これが私なんだろうか。 

 私はどうしたら、変われるんだろうか。どうしたら、皆と同じ所に居られるんだろうか。


 再び、メッセージアプリから、暁から電話が来た。 

 本当は出たくなかったが、逃げたくないと思いから、私は電話に出た。


 「さっきはごめん」


 「何が?」


 「気になってて、その」


 「やっぱり、私、変だよね?ごめんね、こんな変で」


 「謝らないで!聞いちゃいけないこと、聴いたあたしがばかなだけだから。だから、妃夜は悪くないよ」


 「優しくしないで、みじめなだけだから」


 「妃夜・・・」


 沈黙が続いた。これだから、電話はキライだ。人の顔が見えない。 

 私自身、何を言えばいいのか、分からなくなるから。


 「よしっ!妃夜!明日、帰って来るから、明後日、〇〇陸上競技場に朝集合!」


 「人の話、聴いてた?」


 「聞いてない!健全な精神には、健全な身体が宿る。だいじょうぶ、あたしに考えがある!一緒に走ろう!」


 「いや、あの、走るって」


 「そうすれば、きっと、大丈夫!動きやすい格好で来てね。水分と食事も忘れないでね。場所送るから!そういうことで!じゃあね!」


 「いや、シリアスの空気壊すなよ!」


 ピッと電話が切れた。


 「拒否権行使させろよぉぉ!」


 「何、独り言言ってるの?」


 「い、いや、友達と話してただけ」


 朔夜姉さんの表情が一気に強張っていくのが分かった。 

 それは何か、恐ろしい物でも観るような瞳だった。


 「はぁーーーー!あ、あ、ああああああんたが、Friend?」


 「英語で話すの人気なの?」 

 頭が良いはずの姉のIQが一気に下がったように見えた。


 「そ、そうだけど、何か?」


 「あ、あはあははははははははは。へぇ~、そうですか、そうですか」 


 朔夜姉さんは、近くのトイレに逃げ込み、扉を閉めて、鍵を施錠した。


 「トモダチトモダチトモダチトモダチトモダチトモダチトモダチ。妃夜に負けるなんて、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ」


 朔夜姉さんは神経質で、受験の時も、吹奏楽の大会前も、いつもこうだ。そっとしておこう。 

 そう考えていた頃には、何でこんなに泣き疲れていたのかと考えるのが、バカバカしくなっていた。


 当日。 朝6時28分の〇〇競技場。


 「おっはよぉー」


 「うるせぇ」


 私と暁、ミス無愛想、宮本さんの4人が集められていた。 

 私以外はランニングウェアだが、私は体操服のジャージという情けない格好だった。 

 因みに矢車さんは、フランス旅行、ブロンドは実家のコロラドに帰省中で欠席らしい。 

 加納さんも誘ったらしいが、バックレたようだ。


 「なんで、朱音まで?」


 「ヒマだったでしょ?」


 「だからって・・・」


 私は朝があまり、強くない。だからと言って、ここ最近は早起き出来なかった分、何処か、眠気がとれない。


 「今日は、これから、この辺りを走り込みします!」


 「妃夜も、来てくれて、ありがとう」


 「う・・・うん・・・」 

 あんなこと言ったのに、気を遣っているんだろうか。 私は気まずい。久しぶり過ぎて、どう、接するべきなのか、よくわからん。


 「とりあえず、柔軟とストレッチ!それから、走り込み!想定距離は10」


 バスンと鈍い音で、暁の後頭部を殴ったのは、無愛想だった。 


 「死ぬぞ、いきなり、それは」


 「いてて、10メートルって、ボケをかまそうと」


 「嘘をつくな」


 「えへへへ」 

 この2人の関係性が羨ましい。私は何だか、余所者の気分だった。


 「それで、何キロ走るの?朱音、走り込みキライだから、お手柔らかに」


 「バスケ部は5キロ、メガネは2キロ位でいいんじゃね?」


 「何なん、嫌がらせ?茜、悪いことした、あんたに?」


 メガネと突っ込む元気もない程、体が動いていなかった。


 「朝!羽月だよ、羽月!それと茜!」


 「バスケ部、ポジションどこ?」


 「無視するな」


 「ポイントガード志望の補欠」


 「だろうな」


 「あんだとぉぉぉ!」


 「まぁまぁまぁ」 

 暁が、宮本さんを止めに入る。


 「爪の手入れはいいけど、あんた、足回りがきつい。バスケは瞬発力もだけど、それ以前だな」


 宮本さんは項垂れてしまった。どうやら、図星のように思えた。 

 無愛想はこういう人ということが、何となく分かった。


 「とりあえず、そういう話はやめて、今は柔軟からしよう!おー!」


 朝から、お通夜みたいな空気に、私は今すぐ、自転車に乗って、逃げ出したくなった。


 「メガネ」


 「はい」


 「聞き返すなよ」 

 暁が速攻、ツッコミを入れた。


 「あんたは、どう考えても、モヤシだから、無茶すんな。止まってもいいから、走り切ることだけを考えろ」


 「まだ、何も始まってないけどね」


 「あ、はい」


 意外と普通の話に、何となく私も頷いてしまった。 

 部活をしているかしてないかで、そういう判断を下しているのだろうか。


 「それよりも、柔軟、柔軟!朝は妃夜の柔軟、宜しく!あたしは茜としようね!」


 どうやら、私と無愛想を仲良くさせる作戦のようだ。分かり易いと言うか。


 待てよ、柔軟って、2人同士でくっつくアレじゃ・・・。


 ウインクをして、宮本さんを引き離す暁の姿に、私は動揺が隠せなかった。


 あのオンナぁぁぁぁ。


 しかし、実際の所は、そういう引っ付くようなことも無く、腕回りや足回りや、腰回りを重点的に動かしていた。


 「引っ付くと思った?」 

 無愛想の鋭いツッコミに、私は頷くばかりだった。


 「あんまり、ああいうのは今はいらん。走るだけだから。それに、あんたがそういうのダメなの知ってるし」


 そういえば、保健室に居たな。滅茶苦茶、恩着せがましかった記憶が蘇ってきた。


 「話過ぎた、疲れた、休みたい、帰りたい、寝たい」


 きっと、昨日も練習だったのに、こんな私の為に付き合ってくれるなんて。


 10分かけて、ストレッチを終え、ようやく、私たちは走る為の準備を整え、スタートラインに立った。


 「じゃあ、妃夜と朝は2キロ、茜とあたしで、3キロになりました。もう少しだけ、走れそうなら、止めるけど、競技会じゃないし、ゆっくりやろう!」


 ストレッチ前より、宮本さんのテンションは落ちているように見えた。  


「そういうことで、併走しながらで頑張ろう!朝、妃夜を宜しくね」


 「うい」


 今日はどうも、言葉が出ない。未だに頭が動いていない。 こんなんで、本当にいいのだろうか。


 どん!の合図と共に、ゆるーい感じだが、私と無愛想、暁と宮本さんのペアで走り始めた。


 最初から、飛ばすわけでもないが、暁と宮本さんのペアが、先を走り始め、私たちは後続を走る形となった。


 まだ、序盤というのに、心肺が握りつぶされそうな勢いで、先ほどまでの頭では想像もつかない異常事態に、いきなり、心が折れそうだった。  

 しかし、脚を止める訳にもいかないので、何とか、脚を回すが、上手く上がってくれない。 考えがまとまらない、頑張らなきゃ、頑張らなくてはと考えれば考える程、脚が動かなくなっていく。 


 その刹那、ばっしゃあーんといきなり、私はペットボトルから、水をぶっかけられた。


 「早すぎ!落ち着け!」


 私は何とか、脚を止め、軽く歩いて、座り込んだ。 暁と宮本さんはどんどん、遠ざかっていく。


 「あ、へ、あへへへ、あれ・・・、わたしは・・・なにを・・・」


 「競技会じゃねぇよ」


 私は釣鐘のように、脈打つ心臓を止められないまま、たかが、数百メートル走っただけの自分の体がとても、恥ずかしく、思考がまとまらなかったことに。


 ようやく、息切れも切れ、頭が回って来た頃、朝さんは水を渡して来た。


 「落ち着いた?」


 「ど、どうも・・・」


 私は何をやっているんだ・・・。 

 きっと、暁たちは走り終えたと言うのに、未だこんな所で情けなくなった。


 「メガ、ひよ。」


 「えっ・・・」 初めて、暁以外の人に名前を呼ばれ、何だか、涙が出そうになった。


 「焦らなくてもいいんじゃない。向き不向きがあるんだし」


 「だけど・・・はぁはぁ・・・」


 「アタシも晴那も、いきなり、こんなには走れなかった。走れるようになったのは、続けたいって思ったのと才能があっただけ」


 朝さんが、いきなり、自分語りを始めた。


 「アタシはあんたみたいに、勉強は出来ない。あんたには、勉強の才がある。そういうこと」 


 「わたしは・・・」 

 息を吸い込み、その勢いで脚をあげ、再び立ち上がった。


 「勉強嫌いなの」


 「何で?」


 「勉強は何の為に活かすかってだけ。私は将来、困りたくないから、勉強してるだけ」


 「うざいな、それ」


 「そうでしょ?分かったでしょ?私って、そういう」


 「それだけのことだろ。あんたとあたしは同じ。何かを続けられるって、好きじゃなきゃ出来ない」


 「そうかもしれないけど」


 「あんた、もう少し楽に生きなよ。それ位、あんたは苦しんだんだから」


 「そうできたら、苦労しない」


 「そうかもな。だったら、走ろう」


 「何で、そうなる」


 「アタシも走ってる時は、くだらないこと考えなくていいから、好きなんだ。だから、走る。くだらないだろ?」


 「走ると忘れられるの?」


 「やれば、分かる」


 私は一度、深く深呼吸をして、朝さんの見つめ、彼女のペースに合わせ、走ってみることにした。


 先ほどと打って変わって、視界が開けている。ちゃんと走っているが、スピードは、其処までではない。 

 先ほどと違い、散歩中の人や、走る人、木々の一つ一つを見つめていると息切れもきつい、吐く毎に辛くなってくる、早く終わりたい。 

 思考はまとまらないけど、それが何だか、心地いい。考えていることが、色々、馬鹿馬鹿しく思えて来た。


 「これ位でいいか」と呟いた朝さん。 私もようやく、ノッて来たと言うのにと思ったが、脚の震えが止まらない。 


 「ムリすんな、無理しても、毒にしかならんぞ」


 朝さんと私は少しばかり、歩くことにした。 

 先ほどの饒舌そうな彼女から、一転して、一気に口数が減った。 

 やはり、疲れていたんじゃと邪推していると私の前に物凄い速さで突進してくる何かが、近づいて来た。


 「ひぃぃぃぃぃぃぃよぉぉぉぉぉぉぉ!」


 一気に血の気が引く程の展開に、私は逃げ出そうとした。 

 その刹那、一気に近づいてくる暁に、朝さんは両手で彼女を受け止めた。


 「落ち着け、ゴリラ。森に帰れ」


 「ゴリラじゃないし、それやめろ」


 「あははは・・・」


 何とか、朝さんが暁を抑え込むことが出来た。


 「妃夜、無事?ごめん、走ってるとゾーンに突入しててさ」


 「ぶ、無事。朝さんが私に水ぶっかけてくれた」


 暁は、朝さんにメンチ切っていた。


 「それ以外に、止める方法ある?」


 「そうだけど、やり方あんだろうが!」


 「それより、宮本さんは?」


 「あっ・・・」


 「せぇぇぇぇなぁぁぁぁぁぁぁ!」 

 屍のような表情の宮本さんが追いかけて来た。 どうやら、3キロ以上走っていたように見えた。


 「やっべ、逃っげろぉぉぉぉぉぉ!」 


 しかし、暁を止めるように、朝さんは彼女の首根っこを両手で、掴んでいた。


 「放せぇぇぇ!」


 「やれ、バスケ」


 「バスケ言うなぁぁぁぁ!」 

 宮本さんが暁に襲い掛かって来た。


 「や、軽い冗談で、冗談で、って、ぎゃああああ」 

 宮本さんが、グーパンで暁の鳩尾をぶん殴っていた(正直、威力はそこまでは無さそうではあったが)。


 「いてぇぇぇぇ!」 

 どうやら、宮本さんの拳が逆にやられたようだった。


 「あははは」


 何なんだ、この時間?


 AM8時12分 

 私たちは、私の服を一度、洗濯する為、暁家に訪れることになった。


 「たっだいまぁぁぁ!」


 「お邪魔します」 それぞれが、靴を脱ぎ、家に上がろうとしていた。


 「2度と晴那は殴らん、何なんだ、あの腹筋」


 「今日は随分、大所帯だな。ご飯出来てるよ」 

 その声は紛れもなく、ジャージ姿の暁のお兄さんだった。


 「ありがとー、食べよ食べよ」


 「あっ、朱音帰る!かえら・・・」


 先ほどと真逆に、暁に片手で首根っこを掴まれる宮本さん。


 「今日は何も無かったよね?」 

 暁の表情は真剣そのものだった。


 「あ、は、はははい」 

 宮本さんも、すぐに堪忍したようで、それが分かると暁は手を放した。


 「よぉし、その前に妃夜はあたしの部屋に集合!着替え着替え!」


 「アタシはシャワー借りるぞ」


 「好きにして」


 「シャワーって、服は?」


 私の素直な疑問に、暁はいつもの口調で答えた。


 「あいつ、いつも泊ってるから、服も置いてあんの。変だよねぇ」


 朝さんは相当、疲れているようで、突っ込むことすら、やめて、風呂場に向かっていた。


 「茜も、シャワー浴びる?」


 「朝とだけは、絶対イヤ!部屋で待ってるし」


 「じゃあ、妃夜はその後・・・」


 私は即座に、暁の部屋に向かっていた。


 「もぉ~、冗談だってばぁ~」


 私は部屋の扉を開け、閉じこもろうとしたが、この部屋には鍵という概念は無かった。


 「入るよぉ」


 「あんたの部屋でしょ」


 「えっへへへ」


 ガチャンと扉を閉め、私と暁は二人っきりになっていた。


 「久しぶりだね」


 「服脱いでいい?ベタベタで、困る」


 「あたし、後ろ向いてようか?」


 「助かる」


 私は汗と水の混じった体操服を脱いだ。


 「ごめん、無理。あたしの体操服で我慢して。ちょっと臭いかもだけど」


 暁は一度振り向き、棚から取り出した体操服を、私に投げつけて来た。 

 それをキャッチすると私は代理ということで、その服を着用した。


 「ありがとう。って、普通に凝視しないでよ」


 「今考えたら、全裸じゃないじゃんって、考えてさ。オンナ同士なんだから、いいじゃんってわけ!」


 「そうだけど、何か、エロオヤジみたい」


 「えぇ~、まだ13なのに・・・ぐすん」


 「とりあえず、これで」


 私は食堂に向かおうと部屋を出ようとした時、暁はドアノブを遮った。


 「何するの?洗濯してくれるんじゃ・・・」


 「久しぶりなのに、何でそんなに素っ気ないの?」


 うっざという感情が久しぶりに湧いて来た。


 「走ったら、解散だったと思うんだけど」


 「いいじゃん、みんなでご飯食べたいじゃん!」


 「部屋から出して」


 「出すよ、ただ」


 久々の暁は何かが、おかしい。こいつがおかしくないことなんて、一度も無いけれど。


 「朝って、言えたじゃん。良かったね」


 急に私の頭がカーッと熱くなる感覚に襲われた。


 「それだけの為に、こんな茶番を?」


 「そうだけど?」


 「うっざ」


 「楽しかったでしょ?」


 「走るなんて、当面は嫌よ。あんたらと一緒にしないで」


 「えぇ~、でも、当面なんだね」


 「かっ」 

 揚げ足取りやがってとは、何故か言えなかった。


 「いやぁ、めでたしめでたしだね」


 「全然、めでたくない。いいでしょ、もう、部屋出ても」


 「待って」


 「次は何?」


 その時の暁の表情は、真剣ながらも、何処か、重く見えた気がしたのは、気のせいだろうか。


 「聴きたくないこと聴いて、ごめんね」 

 暁は涙を浮かべていた。


 「暁の言う通りだった。今も脚は重いし、脇腹は痛いけど、たまには悪くないね。走るのも」


 暁はドアノブから、手を放した。


 「だから、ありがとう。すっきりした。だから、泣かないで」 

 私がドアノブに手を触れ、部屋を出ようとした時だった。


 「妃夜、あたし、実はキミに言ってないことが・・・」


 「やめて」


 「妃夜?」


 「気を遣わないって、言ったでしょ。もしも、そんなに気を遣うなら、私、あんたと友達やめるから」 

 暁の言葉は、本気だった。きっと、彼女なりの責任の取り方なのだろう。 そうと分かっていても、私は遮らずにはいられなかった。


 「そうだけど、そうかもしれないけど」


 「朝さんに言われたの。もう少し、楽に生きなよって。それはあなたもでしょ?言いたくないことは言わなくていいよ。それに」


 「それに?」 

 暁は神妙な面持ちで、私を見つめていた。


 「私は今、お腹が空いているの。今はベーコンエッグが食べたいの」


 「なんだそれ」 

 いつもの暁の笑顔を取り戻したように、笑い始めた。


 「それでいいよ。暁は笑ってるのが、一番」


 「晴那、羽月さん、飯出来てるぞ、早く来い」


 「はぁーい、今行きます」


 お兄さんの声を聴き、私はすぐに食堂に歩を進めた。 

 暁は少し時間を空け、追いかけて来た。


 「そういえば、私のこと、キミって・・・」


 「何でもない!忘れて!」


 後ろ向きで、照れてる様子の暁は私を追い抜き、食堂に向かった。


 「あたしがベーコンエッグ作るからさ!ひ み つ!」 

 暁は振り向きながら、いつものような眩しい輝きで、私を見つめていた。《《》》

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