第五章 05 吸血鬼

 真帆にとって、二日目の長い夜が始まった。断食のお陰か、頭が冴え渡っている。インスリン注射も、服用薬も体内に入れていない。身体が浄化されているのが分かった。


 防音室は、八畳ほどの広さだった。家具は、ベッドとライティング・ビューローだけだ。


 真帆は、部屋の中を歩き、筋肉を動かした。空腹であるはずなのに、不思議と低血糖の症状は、出なかった。


 岡倉が台湾へ行く前、セカンド・オピニオンを推奨していた。岸田も同意見だった。


 岡倉も岸田も、笹川の医学知識に脱帽していた。その反面、検査結果に疑問を持っていた。理由は何か?


 真帆は、笹川の言動や仕種を思い返した。


 先週の火曜日、真帆は御影ラファエル病院で、笹川に会った。その時も、笹川の仕草を見て、何かを思った。


 その「何か」が、どうしても思い出せないのだ。解決の糸口となる、重要な事柄だと思えた。


 真帆は、部屋の灯りを消すと、ベッドに入った。横になると、思いの外、疲れていた。睡魔は、すぐにやって来そうだ。


 そう思った矢先。出入口の床から、微かな光が揺らめいた。廊下に、誰かいる。岸田が様子を見に来たと思える。入ってくるのだろうか?


 光が揺らめいているので、懐中電灯の光だと思われる。


 真帆の神経が、研ぎ澄まされた。心臓の鼓動が早い。


 やがて、光は消え、元の暗闇に戻った。


――ホラー映画よりも、怖い体験だ。


 真帆は、安堵すると、布団を頭から被った。緊張が走ったが、低血糖の症状は、出なかった。


 その時だった。暗闇の中で、真帆の心が晴れる。


「思い出した! 吸血鬼ドラキュラだ!」


 真帆は、布団を剥ぐと、ベッドの上に起き上がった。


 笹川の仕草を見て、真帆はいつもシャーロック・ホームズ役を演じた、亡きイギリスの名優ジェレミー・ブレットの姿を重ねていた。


 その名優は、真帆の中で「吸血鬼を思わせる美男子」だった。


 黒岩沙羅は、学生のころ、自身のフィアンセを「吸血鬼のようで怖い」と、語っていた。


――該当者は、笹川先生だ。


 笹川は、医師ではなく、臨床検査技師だ。だが、前の学歴は?


 何らかの理由で、医師国家試験が受験できなかったとしたら?


「眠っている場合では、ない」


 真帆は、立ち上がると、ライティング・ビューローに向かった。

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