第三章 謀略

第三章 01 ソコロフの工場へ

 週明けの月曜日。真帆は、午後から岡倉に連れられて、ソコロフの西宮工場を訪ねた。


 工場内の研究所は、正面玄関の西側に位置していた。


 工場の東側は、チョコレート博物館がある。売店とカフェが併設されているので、一般客の姿もあった。


 真帆と岡倉は、研究所に付随する会議室に通された。


 ソコロフ側からは、研究所の所長や糖質制限チョコレートの責任者、広報担当など、五名が着席していた。


 真帆と岡倉が席に着くと、白衣を羽織った若い女性が小走りで入室し、末席に就いた。久保沙月だった。


 岡倉とは面識があるのか、沙月は、笑顔で会釈している。沙月の視線が、真帆に移る。笑顔から一転、表情が曇った。だが、真帆の顔を見て、すぐに小さく会釈した。


 責任者と思われる中年男性が、「揃いましたね」と発しながら、ミーティングの趣旨を説明した。


 十分ぐらいの説明の中で、「高品質で低価格の商品を、全国のお客様にお届けしたい」旨を、何度も主張していた。


 真帆には、今のソコロフは、コスト・カットが重要課題になっていると思えた。


 低糖質のチョコレートを製造するには、砂糖を減らし、カカオ豆の使用を多くすれば良い。だが、価格を抑えるなら、カカオ豆の使用も減らす必要がある。


 砂糖の替わりは、人工甘味料が利用される。チョコレートの嵩を増すには、食物繊維の添加が一般的になった。


 食物繊維は、トウモロコシの穂などを加工した 《難消化性デキストリン》の利用が増えてきた。


 難消化性デキストリンは、植物の廃棄部分を利用するため、仕入れコストが抑えられると考えられていた。だが、様々な化学物質を利用して精製するため、コスト・アップが課題となっている。


 ソコロフの糖質制限シリーズのチョコレートは、外国産の難消化性デキストリンを使用していた。しかし、ここ数年の物価高で、原料コストが上がっている。製品の値上げも、必至の状態だった。


 そこで、ソコロフでは、昨年から本腰を入れて、難消化性デキストリンに替わる原料を検討していた。


 真帆と岡倉の手元に、資料が配られる。資料をパラパラと捲ると、難消化性デキストリンに替わる原料として、食用ルピナス豆が候補に挙がっていた。


 岡倉が、そっと真帆の腕を小突く。岡倉の横顔を見ると、ルピナス豆のページを凝視していた。


 真帆が顔を上げると、ソコロフ社員一同が、真帆と岡倉の反応を見ている。意見を求められた。


 真帆は、社員の顔を順番に見ながら口を開いた。


「消費者庁の指定アレルギー食品に、ルピナス豆は入っていません。ですが、欧米のデータでは、アレルギー食材に挙がっています。その辺りは、どう対処されるのでしょうか?」


 開発責任者の中年男性が、首肯しながら説明する。


「チョコレート製品は、アレルギー食品のナッツ類を多く扱っています。ルピナス豆の使用が決定したら、パッケージへの表示で注意喚起を促す予定です」


 真帆は頷くと、さらに質問を続けた。


「もう試作は、始まっているのでしょうか?」


「他の豆類と同様、ルピナス豆も、生の状態だと、毒性があります。そのため、アク抜きを効率よくできる製法を模索中です。模索過程で研究員が試食していますね」


 研究熱心な湖香なら、進んで試食していた可能性が高い。


 ナッツ類にアレルギーを起こす者は、多い。だが、危険食品として、使用や販売が禁止されるケースは、ほぼ、ない。


 誤食を防ぐために、メーカー側は、商品パッケージにアレルギー食品の表示義務がある。遵守すれば、問題にならないのが一般的だ。


 だが、製造側の人間がリスクを負っている。その点は、見逃されるのか?


 まだ日本では例のないルピナス豆の場合は、どうなるのか?


 さらに追及したい衝動に駆られた。だが、真帆は礼を述べて、質問を終えた。


 岡倉は幾分、開発チームと打ち解けていた。ルピナス豆に関して、糖質面では問題ない。だが、アレルギー食品である事実は受け止めて、慎重に選択するようコメントしていた。無難な回答だ。


 ルピナス豆の 《アク抜き》に関して、何処まで進んでいるのか、真帆は疑問に思った。


 配られた資料の中に、龍姫大学が提示した資料番号の記述がある。だが、今回の出席者の中に、龍姫大学の者は、いないようだ。


 会議は二時間ほどで終了し、真帆は岡倉と共に退室した。


 正面玄関へと歩を進めると、後ろから女性の声がした。


 真帆と岡倉が振り向くと、久保沙月だった。


 湖香の死の解明に、真帆が接近したいと考えていた人物だ。

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