第二章 死の舞踏

第二章 01 母校のチャペルにて

 火曜日の十時前。真帆は、青松女学院大学のチャペルにいた。


 青松女学院は、英国国教会系のミッション・スクールで、キャンパス内にチャペルがある。パイプ・オルガンとステンド・グラスが見事で、真帆のお気に入りの場所だった。


 真帆は、クリスチャンではない。だが、祭壇に近づくと心が休まった。ガランとしたチャペル内に、真帆の靴音が響く。


 最前列に座ると、十字架を見上げて呟いた。


「メメント・モリ『死を覚えよ』」


 昨日、白菊会の事務局で見た、湖香の最期のメッセージだ。もし、犯人へのメッセージなら、「死を覚悟せよ」とも受け取れる。


 真帆は、立ち上がると、ステンド・グラスを見て回った。聖書の象徴的なシーンをステンド・グラスで表現している。


 幼いころから聖書を読み込んでいた湖香は、聖書は、元祖ミステリー小説だと話していた。確かに、聖書には裏切りや殺人の場面も出てくる。飢餓や天変地異、終末論など、SF要素も多い。


 真帆は、イエス・キリストのステンド・グラスの前で足を止めた。十字架に架けられたイエスの姿は、青白く輝いていた。湖香の遺影と重なった。


 湖香は、ソコロフの重要機密を知りすぎたのか? 何かの見せしめに、死に至ったように思える。


 真帆が考えを巡らせていると、チャペルの扉が開き、陽が差し込んだ。真帆が振り向くと、女性が立っていた。


「ここだと、思ったよ!」


 哀し気な笑みを浮かべた女性は、真帆と中学から大学まで同期生だった桜田 陽菜ひなだった。同じ女子大だが、陽菜は文学部に進学した。卒業後は、職員として青松女学院に就職していた。


「上浦さん、残念だったね。うちの大学院の卒業生だし、指導教員だった教授が、悔やんでいたよ」


 陽菜と湖香は、学部が違ったため、懇意に話した過去はない。だが、真帆を通して、お互いの存在を知っていた。


「その教授って、吉岡倫子先生のことよね? 今日は、いらっしゃるの?」と、真帆が訊ねると、不安そうな表情で陽菜が頷いた。


 吉岡倫子は、真帆と湖香、亡き黒岩 沙羅さらが所属していたゼミの担当教授だった。


「昔の沙羅ちゃん事件を、思い出すね。沙羅ちゃんは、付属中学・高校と一緒だったから。ショックだったなぁ」と、陽菜がうつむく。


 真帆も、陽菜と同じ過去を思い返していた。


「当時の吉岡先生は、気丈だったよね」


 真帆は、年末に見掛けた倫子の姿を、思い返した。聡明で上品な佇まいは健在だった。だが、十二年前と比べると、貫禄がなくなり、痩せていた。


 倫子は、正式には昨年度で定年を迎えている。今年度から、特任教授として大学院生の指導だけを受け持っていた。大学機関の定年は、一般に六十五歳のため、現在、六十六歳だ。


――吉岡先生は、佳乃先生と仲が良かった。歳は離れているけど、龍姫大学の後輩だから、気が合うと話していた。


 まだ真帆の憶測だが、佳乃は、湖香と沙羅の死に関与している。吉岡倫子を訪ねると、謎を解く鍵となるかもしれない。


 真帆は、陽菜の顔を見ると、微笑んで言った。


「吉岡先生に、ランチのアポ、取ってくれるかな?」


 陽菜は、青松女学院の教務部に所属している。教職員の連絡係も、仕事の一つだ。


 陽菜と想い出話をしながら、真帆はチャペルを後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る