イケメン王子の容赦なき復讐

櫻井彰斗(菱沼あゆ・あゆみん)

王子様に恨まれています

第1話

「杏里。

 三島さんの寿退社により、どうやら俺は企画事業部に異動になるようだ」


 社内一のイケメンと名高いその男、高徳寺一成こうとくじ いっせいは、そう言いながら、私の手を握ってきた。


「これでもう、いつもお前を見つめているわけにはいかなくなったな」


 ……いや、一成。


 今、仕事中。


 私はスタンプ台に補充しようと総務からとってきたインクを手に固まっていた。


 一成は、経理課の中央にある低いスチール棚の前で、そんな阿呆なことを言っているわけだが。


 経理のみんなはもう慣れっこになっているので、全員スルー。


 みんな電卓を打っていたり、無心に伝票をめくっていたりする。


 そもそも一成は入社したときから、驚くような綺麗な顔をして、びっくりするほど頭がいいが、なにかを振り切っている男、と評判だったらしいから。


 なにか……。


 それは恐らく、人として大切ななにかだろうな、と私は今、目の前にある美しいその顔を見る。


「あらー、相変わらずのラブラブっぷりねー」

と言いながら、その寿退社の三島弥生みしま やよいが伝票を手に側を通った。


 ロングヘアのお姉さまタイプの美女で。


 同期の仁科にしなが、初めて彼女を見たとき、


「あのような人にムチで打たれてみたい……」

ともらして。


 入社一日目にして同期のみなさんに自分の性癖をうっかりバラしてしまったくらいの美女だ。


 一成はそんな弥生を振り返り、

「三島さん、結婚やめてくれませんか。

 俺と杏里が離れ離れになってしまうじゃないですか」

と無茶を言っている。


「いいわよ」

と弥生は経理課長のデスクの脇から女豹のような目で一成を見て笑う。


「一成が私と結婚してくれるのなら、結婚、やめてもいいわよ」


 いやいやいや。

 すごい美男美女のカップルだが。


 ちょっと意味がわからないんだが……と思う私の横で、一成は本気で悩んでいた。


「三島さん、それはちょっと困りますね。

 三島さんと結婚したら、杏里を見張っていられなくなるじゃないですか」


 常々思っていたのだが……。


 やはり、みんなの一成に関する評価は正しい。


 天才的に頭のいい人間というのは、何処か振り切ったところがあるようだ。


 そんな莫迦な、と思うようなことを本気で考えていたりする。


 そして、そんな莫迦な、という理由により、私は彼に長年付きまとわれているのだ――。




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