ヤブ医者メドリィの殺意モリモリオペレーション

キリン


 目が覚めていつも思うことは、ああやっぱり夢だったんだなってことだ。

 自分の足で歩けたのも、空を飛べたのも、たくさんご飯が食べれたのも、ぜーんぶ僕が願っていた虚しい「もしも」なんだなと。


 布団から身を起こすと衣服がはだけていた。

 そこから見える自分の肌は、まるで隅で塗りたくったかのように黒かった。 


「……また、広がってる」


 僕は病を患っている。

 誰にも治せない、いずれ死に至る病を。──【黒死病】。今この国では同じような病が流行り続けており、多くの人々の命を奪い続けている。


 僕も、奪われる側の一人だ。


 (畜生)


 悔しくって仕方がなかった。

 薬や手術を頑張っているけれど、自分の体がみるみるうちに弱っていくのはよーくわかっていた。

 多分、十歳の誕生日を迎えられないであろう僕は、目の前の煙突付き暖炉から、窓の外の景色に目を向けた。


 そこには窓に張り付いたままこっちを凝視している女がいた。


 「……え」

 『みーつけた! 待ってて、今ぶっ殺してあげるから!』


 そう言って女は窓から離れてどこかへ走り去っていった。

 何、今の。

 不審者? え、不審者だよね? あれは間違いなく不審者だよね?


 (……大丈夫。戸締まりはしてるから入っては来れないはず──)


 どすぅん!


 「へっ!?」


 そう思っていた矢先、ベッドの前方の壁側に設置してあった暖炉の灰がぶわぁっと部屋中に舞う。僕はびっくりして変な呼吸をしてしまい、灰を吸ってげほんげほんと咳が止まらなかった。


 (な、なにが……)

 「痛ったぁ〜! おしりが割れる〜! サンタさんは毎年こんな思いをしてまでプレゼントを届けてくれてたのね、はぁ……ほんと凄いわあのおじいさん」


 声が聞こえた。

 舞い散る灰の向こう側、火の消えた暖炉の中に……なんかいる。


 「……あ」


 灰の奥から出てきたその女……いいや少し年上の少女は、灰を被ってもなお美しかった。

 白い肌にエメラルドのような目。金色の長い髪を一括りに結び、人形に着せるような可憐な白と黒のドレスを身につけていた。


 被った灰を適当に払ってから、その少女……メドリィは軽くお辞儀をした。


 「さてさて、まずは自己紹介かしらね。私はニュトキリア・メドリィ……」


 なんて可憐なんだろう。

 そう思っていた矢先、メドリィは拳を握りしめて不敵に笑ったのである。


 「あなたの病気をぶっ殺しにきた、最強のお医者様よ!」

 

 僕は呆然としていた。

 灰に塗れた自分の家の中に、煙突から落っこちて入ってきた自称医者の女。


 なんにもわからない。

 でも、一個だけ分かる。


 (この人多分、ヤバいな)

 「安心してボブ! あなたの病気は私がぶち殺してあげるわ!」

 「ジークなんですけど」

 「ジークね! いい名前だわ、さぁ治療を始めましょう!」

 「えっ、はぁっ!? ちょ……」


 そう言ってメドリィは僕の抵抗も虚しく僕の上半身を無理矢理引っ剥がしてきた。


 「変態! 変態! 誰かぁアアアアアアアアあ!!!」

 「この分だと相当ガマンしたみたいね! お腹の中が悪魔の卵でパンパンだわ!」

 「ぎゃああああああ……え、えっ? 悪魔? 卵?」


 唐突なとんでもないワードに耳を疑った。メドリィは急に落ち着いた僕の表情を見て、キョトンとした顔をしていた。


 「そうよ? あなたのお腹の中には今悪魔の卵が植え付けられていて、もうすぐ全部の栄養と魂を食い尽くされて死ぬの」

 「そ、そんな……そんなこと言われなかったよ!? お医者様も、聖職者様も!」

 「素人に分かるわけ無いじゃない。言っとくけど、あいつらにこの病気を治すことは無理よ」

 「……そん、な」


 考えないようにしてたのに、もうダメだった。

 

 「いやだ……僕、死にたく……」

 「だーかーら! 私が助けてあげるって言ってるじゃないの!」


 ……え?


 「助けるって、どうやって?」

 「ぶっ殺すのよ! あなたのお腹から悪魔を引っ張り出してぶちのめす! そうすれば、あなたは元気になる。大人になれるわ!」


 ああ、なんてバカバカしい話だろう。

 神の力でも医者の知識でもどうにも出来なかった僕の病気を、こんな……こんな明らかに頭のおかしい女は治せると言っている。殺せると豪語している。


 「……よ」


 嘘に決まっている。──それでも。

 

 「よろしく、お願いします……!」

 「勿論よ。私は、そのためにここに来たんですもの!」


 そう言って、メドリィは僕のお腹に手を……っていうか拳を据えた。丁度、肌が一番黒くなっている鳩尾らへんに。変な呼吸してるし、すげぇ集中して真剣な顔になってるし。

 なんか物凄く嫌な予感がする。


 「えっと、メドリィさん? その、治療の方法ってまさか──」

 「コォォオオオオオオッ──死ねぇッ!!!!」


 めりっ、と。

 僕の鳩尾辺りに拳が突き刺さり、直後……痺れるような光が流れ込む。


 「──っ、オェッ!!!」

 「出た!」


 僕は何かを吐き出した。黒い塊だった……メドリィはすかさずそれを掴み、先程よりも更に強い光を手から放った。黒い塊はたちまち灰燼と化し、霧散して消えていった。


 「ごほっ……おぇっ……なっ、なにすんだこの野郎!」

 「治療は終わったわよ?」

 「んなわけねぇだろただ殴っただけじゃねぇ……か、あれ?」


 黒くない。

 戻っている。


 「……あ」

 「痛いところ、ある?」


 そう言えば、あんだけめり込んでいたのにそんなに痛くない。

 むしろ逆だ。なんだか、体の内側からとんでもなく元気が湧いてきている!


 「……治った」

 「そうよ? 私が治したんですもの」


 僕はすかさずメドリィの手を掴み、頭をベッドのシーツにこすりつけた。


 「ありがとう……」


 感謝。

 とにかく、その気持ちでいっぱいだった。


 「本当に、ありがとう……!」

 

 掴んだ手は柔らかかった。するとその手が、優しく僕の手を握り返してきた。


 「どういたしまして」


 お大事に、と。

 そう言って、メドリィは僕のことを優しく抱きしめてきた。




 ◇


 

 その後、病に冒されたこの国に妙な噂が流れ出す。

 絶望した患者のもとに颯爽と現れ、眩い光を握りしめた拳を患部に叩き込み……浅間通り”病気を殺す”という自称医者の女の噂が。


 本当にいるのかどうか、どこまでが真実なのかは分からない。

 だがその噂が蔓延すればするほど、患者の数が減っていたのもまた事実。


 これは、その馬鹿げた噂が国中にパンデミックを起こすまでの物語……その断片に過ぎないのである。







「作者より」

ボツにするにはあまりにも勿体ないので短編にしてみました

ウケが良かったら連載にします。(要するにしない)


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ヤブ医者メドリィの殺意モリモリオペレーション キリン @nyu_kirin

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