三日目
第8話 古の都、オックスフォード
次の日、笑美とセレナはそれぞれのホテルのチェックアウトを済ませ、時間を合わせてパディントン駅に集合した。
まだ朝早かったからか、電車には人がいっぱいいてセレナが予約したはずの席にも人が座っていた。
「すみません、ここ私たちが予約した席でして……」
彼女はひるまずに、スマホの予約画面を見せて席を不法占拠していた人に説明した。彼らは渋々立ち上がていった。
「まったく……」
去っていく人々の背中に向かって、セレナは不満そうにため息をついた。彼女はその日、落ち着いた空色のYシャツに黒いスラックスを着ていた。
電車はそのままなにごともなく進んでいく。笑美は空港で買ってまだ余っていたお菓子を取り出した。
「食べます?」
「え、いいの?」
「うん、余ってるから」
「ありがとう、じゃあいただくね」
セレナは微笑み、ポテトチップスを取った。
そのうち電車の窓からは建物の姿が消え、代わりに広い牧草地が見えるようになる。
「あ、羊だ……!」
草原の中に白い小さな点々がぽつぽつと現れると、笑美は興奮した声をあげて窓にへばりついた。羊のほかにも馬や牛も見ることができた。日本の田んぼ景色とは違った、またいい田舎風景であった。
オックスフォードについたのは一時間半か二時間くらい経ってからのことであった。駅を降り、ゴミを片付けてから(イギリスにはゴミ箱があちこちあり、とてもありがたいと笑美は常々感じていた)二人は古き都に足を一歩踏み入れた。
「まずは宿行っちゃいますか」
この町では、笑美とセレナは同じホテルを予約していた。ただセレナは明日の晩そこで泊まる予定がないという。
「前にも言ったと思うけど、明日は私の恩師の家で一日だけ泊まる予定なんだ」
彼女はそう説明した。
ガラガラとスーツケースを運んでいた二人の周りはいつのまにか、赤茶色の住宅街からこじんまりとした店たちと花に囲まれた伝統的な石の道に変わっていった。
「わあ、綺麗……!」
店には本屋から土産屋までさまざまな店が立ち並んでいたが、どれもアンティークな雰囲気を醸し出していて、とても素敵だった。奥のほうにはゴシック建築の高い塔がちょこちょこと見える。
ホテルに着くまでそこまで時間はかからなかった。
荷物を預け、軽い身となった二人はまずはショッピングに行くことにした。
オックスフォードにはお土産屋がたくさんある。買い物を楽しむにはうってつけの場所だ。
「紅茶買おうかな……」
笑美は入った店の中の棚にずらっと置いてあった、綺麗な紅茶缶を見て呟く。しかし、セレナはその横で「うーん」と微妙な声を出した。
「こういう紅茶缶、美味しいには美味しいんだけど、値段が高すぎるのよねー……。個人的には普通のスーパーマーケットで売られているヨークシャーティーがおすすめよ」
80袋もあるのに値段はわずか3.5ポンド程度だという。笑美は彼女の助言を聞き入れることにした。
割高な紅茶缶の代わりに、笑美は美しいインクペンを買った。
買ったものはそんなに多くなかったので、鞄に入れても重く感じることはなかった。
「よし、これでめんどくさいお土産問題は解決ね。なにか行きたいところある?」
「美術館とか博物館があれば」
ナショナル・ギャラリーや大英博物館が思っていたよりも迫力があったことを思い出しながら、笑美はセレナに応えた。
「なるほどね。確かにこっちにはアシュモリアン美術館とかオックスフォード大学の自然史博物館とかいっぱいあるね」
セレナは腕時計を確認した。まだ午前だった。彼女は少し考えたが、やがて申し訳なさそうな声音で笑美にとあることを頼んだ。
「笑美ちゃん、私も実はとあることやりたいんだけど、美術館と博物館行く前に行ってもいい?」
「もちろん、もちろん! どんどんやってください!」
「ありがとう……」
セレナはスマホでなにかを調べると、どこかへ歩き出した。
「ちょっと歩くかも。そこまで遠くないはずだけど」
「どこに行くの?」
「川だよ。すっごい綺麗なところなの。そこでパンティングやってて、前も乗ったことあるけど今回も絶対乗りたいって思ってて」
「パンティング?」
笑美にとって初めて聞く言葉だった。セレナはそれをどうわかりやすく伝えるか少し考え、それからこう言った。
「言うならイギリスのゴンドラって感じだね」
つまり今から乗るのはボートなのだ。
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