第6話 大英博物館

 30分くらいして、セレナと笑美は大英博物館にたどり着いた。5分くらい並んだが、鞄をチェックしてもらうと二人はすぐに門を通ることができた。


「おお……」


 もはや神殿なのではないかと思うようなデザインをした博物館を真正面から見た笑美は、感嘆の声をもらした。

 ナショナル・ギャラリーの時と同じように、観光客がたくさんいてあちこちで写真を撮っている。

 一通りスマホに博物館の写真を収めた笑美たちは、中に入ることにした。


 少し歩みを進めた二人はどうしようかと周りを見まわした。

 奥のほうには「グレート・コート」と呼ばれる、天井をガラスに覆われた博物の中庭が見えた。床は白く、真ん中には丸っこい建物がある。


「笑美ちゃん、高校生の時世界史選択だった?」


「うん」


 突然のセレナの問いに、笑美は頷いた。


「じゃあ古代エジプトの展示なら結構興奮するかも」


 セレナが左側のほうへ向かったので、笑美は慌ててついていった。


 エジプトの展示ではあちこちにガラスケースに囲まれた石の像があったり、象形文字の刻まれた石が立っていたりした。


 笑美は展示が出てくるたびにそこに立ち止まり、説明書をじっと見た。博物館でも美術館でも彼女は一つ一つをじっくりと楽しむタイプである。

 気がついたときにはセレナの姿はなく、慌てて辺りを見回すと、少し離れたところのガラスケースの前に、人に紛れる形で彼女は立っていた。


「笑美ちゃん、これがロゼッタ・ストーンだよ」


 近寄った少女に、セレナは言った。世界史で一番有名と言っても過言ではない石板を目の前にしたことを理解した笑美は、まじまじとそれを見つめた。


 ロゼッタ・ストーンは1メートルくらいあり、全部で三種類の文字が刻まれていた。神聖文字、民衆文字、ギリシア文字である。

 思っていたよりも文字がぎっしりしていて小さい印象を、笑美は覚えた。


 伝説的な石板を見た後、二人はまた歩みを進めた。とはいえ二人はそこまで多く見られたわけじゃなかった。他の博物館と同じく、大英博物館は17時に閉まるからである。


 笑美たちはエジプトの展示のほかに、オセアニアの展示や地下のアフリカの展示を見た。どれも日本で見られないような、各国から集めた珍しいものばかりだった(だからこそ泥棒博物館と呼ばれるのだが)。笑美のスマホの中にはモアイ像やアフリカの仮面などの写真が溜まっていった。


 博物館から出た後も外はまだ明るかった。夏のイギリスは日本よりも、日が落ちるのがずっと遅いのだ。


「さあて、何食べましょうか」


 歌うような調子で、セレナは呟いた。


「おすすめとかあります?」


 笑美は言ってから、自分の敬語の癖がなかなか抜けていないことを自覚した。


「まあ、おすすめっていうよりかは今ちょっとが食べたい気分かもね」


「フィ……?」


 発音が速かったせいか、笑美は一瞬戸惑う。


「フィッシュチップス。あのポテトと白身魚を揚げたやつの……、でも太っちゃうかな」


 セレナは日本語の発音で言い直し、それから自分の体を見下ろした。まるで自分が豚でもあるかのような目つきでだった。


(まったく気にする必要ないのに……)


 笑美はそう思いながら、「セレナさん、細いじゃん……」と文句を言った。


「そんなことないよ。服の下にとてつもない量の脂肪が実は隠されてて……まあ、そんなことはどうでもいいや。せっかくイギリスにいるんだから、食べるべきよね! 笑美ちゃんはどうする?」


「私もフィッシュアンドチップス食べたい!」


「オッケー、じゃあ大きいやつ買って二人で分け合おうか」


 二人は近くにあった店に向かい、一セット買うと公園で食べようと歩いていった。





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