リアゾン⑪

三人がつばさの自宅に足を踏み入れた時はもう辺りは暗くなり始めていた。

靴を脱ぎ、真っ直ぐ廊下を進む。リビングのすりガラスの扉からは暖かな光が漏れていた。


-カチャ

つばさによって遠慮がちに開かれたリビングの扉。リビングにはつばさの母親である人物が夕食の準備をし始めていた。


「…あら、お友達…じゃないわね」


こちらに気づいた女は三人の姿を見て薄ら笑みを浮かべた。40前後であろうその女は料理の手を止め三人の前に立つ。


「…お母さん」


不安げに母を呼ぶつばさ

女は交互に御影みかげ琉伽るかの姿を見て一言呟いた。


「…【リデルガ】の方よね」


「…はい、今からあなたの記憶を消させて頂きます」


御影みかげの言葉に一瞬は驚いたものの、「…そう」と呟く。突然の来訪に特別驚きもせずこんな奇妙な状況を受け入れる女。

女は御影みかげ琉伽るかの前に立ち、どちらが記憶を消してくれるの?とでも言うように二人に目線を送る。すると、琉伽るかがそっと女の額に手をかざした。女は受け入れるように目を瞑る。


「ちょっと、待って!」


その空気を壊すようにつばさは声を上げる。

「…ぁ」自分で声を上げて自分で驚いた。

どうして止めてしまったんだろう。

記憶を消されようと受け入れる母親の姿にどうしてたが咄嗟に言葉を発してしまった。

母にとってつばさという邪魔な娘が居なくなるいいチャンスだ。

分かっている…分かっているのに…


するとその様子を見ていた女は、つばさの目の前まで来るとそっと頬に手を添えた。


「…お母さん」


「…ごめんね、つばさ


初めて聞いた言葉だった。

母の口から謝罪の言葉なんて…。

悲しそうな瞳でつばさの頭を撫でる。


-どうして、そんな目をするの?


「お願いします」


女のその言葉と共に琉伽るかは女の額に手をかざした。その瞬間光に包まれる。咄嗟に目を閉じた翼。次に目を開けた時にはボーッと一点を見つめる母親の姿があった。

その姿を見た時、あぁ消えたんだ…とつばさは実感した。


琉伽るかつばさ。行こうか」


ボーッとする女を横目に御影みかげは家を後にしようとつばさの手を引いて玄関へと向かう。


「…あら、つばさどこ行くの?」


その言葉を聞いて三人の動きはピタッと止まった。


「…琉伽るか、消したよね?」


「…もちろん」


「…つばさつばさって、あれ?」


女は混乱している様子だった。

消したはずの記憶と抗おうとする無意識の意識が交錯していた。


「…愛して、るわ。つばさ


混濁する意識の中で発した言葉。

その場の全員が聞いた。


「…あの人の宝物…」


その言葉を最後に女の意識はなくなり、眠りについた。つばさは足が震えペタンとその場に崩れる。


「…愛してる?なに、それ。」


蘇るのは怒った顔ばかり。

叩かれて殴って、罵倒されて…いつも怯えて生きてきた幼少期


吸血衝動にかられた時も


『我慢なさい』


そういって見放した。

慰めたり、優しく撫でてくれることもなく

ただ冷たい視線を送って…。

そんな人に愛さてる実感なんてあるはずがない。ただただ耐えなければいけない地獄の日常の中で翼と母親の繋がりなんて育まれるはずがなかったのだ。


「…私のこと邪魔だったんじゃないの?産まなきゃよかったってそう思ってたじゃなかったの?ねえ、お母さん!!」


愛してるなんてそんな言葉…。

取り乱すつばさ御影みかげはその光景をただ眺めていた。

すると意識を取り戻した女はゆっくりと瞳を開け、目の前のつばさへと視線を移す。


「…あなた誰?」


もう一度目を覚ました女はつばさの記憶を完全に失っていた。

つばさの涙だけがポツリと床に落ちた。


「…あら、泣いてるの?大丈夫?」


そういってつばさの頭を撫でる女。

ずっとずっと夢見てた。

母に優しくされたくて、言うことを聞いて良い子になれるように頑張って…それでも一度も頭を撫でてくれたことなんてなかった。


こんな風に叶っても何も嬉しくない…


つばさ…行くよ」


御影みかげつばさの腕を引っ張る。

身体に力が入らず、立てないつばさ琉伽るかがひょいっと抱きかかえる。


「その子、大丈夫?」


「ええ、大丈夫ですよ。では失礼します」


御影みかげが笑って女に答える。

女も穏やかに笑う。


-そんな顔私は知らない…。


つばさ琉伽るかの胸に顔を埋めた。

もう何も見たくなかった。聞きたくなかった。

こんな最後にずっと願っていた事が叶ってしまった。こんな叶い方何も嬉しくない。



ーさようなら、お母さん。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る