リアゾン⑨

頭がボーッとする。瞼が重たい。

何か夢を見ていたような気がするけど何も思い出せないでいた。

身体が一定のリズムで揺れる。

何か乗り物に乗っているかのよう…

その瞬間翼つばさは意識が覚醒したのかガバッと上半身を起こした。


「お目覚めですか?」


その声に振り返ると【リデルガ】の住人である御影みかげがニコリとこちらに笑いかけていた。

どうやらつばさは意識を失い御影みかげの膝の上で寝ていたようだ。

周りを見渡すと車の中だった。

どうやら車でどこかに向かっている最中のようだ。窓の外に目をやると移りゆく景色は何処か見覚えのある場所ばかりだった。


「…家…?」


つばさがポツリと呟く。

窓の外の景色はつばさが通いなれた通学路の景色だ。


「君の家に向かっています。」


「なんで…」


「記憶を消すため」


「…記憶、誰の…」


「君の母親の…」


「どうして…」


「君はこれから【リデルガ】で生活をしてもらうつもりだからかな」


サラッと衝撃的なことを言う御影みかげに対しつばさは動揺を隠せない。

ダンピールだとバレればきっと自分は【リアゾン】の国のトップに殺されるか何かしらの罰はあるかもしれないという想像は出来た。

でも【リデルガ】で暮らすという想像はこれぽっちもしていなかった。


「なんで、私が【リデルガ】に行かなきゃならないの…」


「このまま【リアゾン】にいる方が危険だから」


御影みかげの言うことはごもっともだ。

いつ人を襲うかも分からない化け物を人間の傍に置いておくことは出来ない。

でもそれが母親の記憶を消したり【リデルガ】で暮らす事になったりどうも頭が混乱して理解が追いつかない。


「…記憶…。記憶って何の記憶を消すの?」


御影みかげの言う母親の記憶。それは何を示すのか。

つばさの心臓はより大きく脈を打ち始めた。


「母親の中にある君の記憶を全て消す」


その言葉を聞いてつばさは咄嗟に言葉が出なかった。御影みかげの顔は真剣で、嘘をついているようには見えなかった。吸血種はそんな事も出来るのか?と疑問に思う。どうやって記憶を消すのか…ということより今翼つばさの頭の中で巡っているのは今までの母親との記憶だった。

つばさから見た母親はいつも怒っているか泣いているかそんな人だった。その原因はいつもつばさだ。つばさをこの世に誕生させたせいで、母親はもがき悩みこの終わらないふたりの世界で苦しんでいる。それは今も昔も変わらない。

そんな母親からつばさの記憶を全て消したら?

何かが変わる?


-私からお母さんを解放してあげれる?


「何も言わないんだね。君との思い出も全部消えるんだよ」


「…うん」


「君は母親の中でそもそも゛いなかった゛事になる」


「…それが1番いいのかもしれない」


消え入りそうなつばさの声に御影みかげは眉をひそめたが何も言わなかった。

そこから先は家に着くまでの間、車内は物凄く静かだった。誰も何も一言も発さない。

車内にはエンジンの音だけが響いた。


これでやっと母親を解放してあげれる。

私から逃がしてあげられる。

元々、学校を卒業したら翼に自由はなかった。

年々増える吸血衝動…もう自分で抑えるには限界だった。

きっとお互いにだいぶ前から疲弊していた。

いつまで続くかも分からない吸血衝動を抑えるために暴れる娘を押さえつけ泣きじゃくる娘に『我慢なさい!』としか言えない地獄のような場面にもうお互いにいっそ死んでしまった方が楽なのではないかとすら思っていた。

高校を卒業したら、母は私を部屋に軟禁するつもりだったし私は私でもうこの世を去るつもりでいた。もう疲れきっていた。


【リデルガ】に行って何をされるか分からない。でも、いつ人を襲うかも分からない化け物の娘なんていない方がいいに決まっているのは確かだ。

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