恋の終わりに花を添えて

実和

初恋

第1話


近所に住んでいる男の子は、中学でも、高校でも「学年一の遊び人」と称されていた。


ピアスを開けているわけでも髪を染めているわけでもないのに。優しく柔らかな声で話すというのに。子供みたいな無邪気な顔で笑うというのに。意外。噂を聞くたびにそう思った。



ぜん、今度は3年の先輩狙ってるんだって?」



友達にからかわれて、当人は他人事のように笑った。



「肉感はよかったよ」

「え、もうしたの? うわー。ちょっとショックだわ。清楚系だと思ってたのにビッチだったのかよ」

「清楚かは知らねえけど遊んでるわけじゃないんじゃねえの? 俺が初めてらしいし」

「ええ! 何してんだよ先輩!! 初めてがこの遊び人でいいの?? で、もちろん付き合うんだよな?」

「なんで?」



遊び人の代表格は、まるで1足す1の答えを間違えた相手を嘲るみたいに笑って。



「別に、好きでもねえのに」



いとも簡単に、周囲の女の子の純情を蹴散らした。


意外。隠れて聞いていた私はまた思う。



件の方は茅野善かやのぜんという。


善くんは高校を卒業してからも「遊び人」という異名を返さず、むしろ進んで箔をつけているような雰囲気さえあった。


髪は黒く、ピアス穴はなく、服装はシンプルで、ともすれば爽やかなスポーツマンのような、あるいは経験人数が落ち着いている男性であるかのように見える。でも自他共に認める遊び人なのだから、やっぱり意外だ。



善くんに遊んでもらえることは幸甚の至りなのではないか。年を重ねるにつれ、女性陣は本気か冗談か分からない顔でそう言っては笑い合った。


私もなんとなく、そうなんだろうなあと思う。



「いとー、悪いんだけどお姉ちゃんの迎えに行ってくれない? お母さんたちお酒飲んじゃったから」



24歳の夏季休暇を利用しての帰省中、同窓会で酔っ払った姉の回収要請が私に回ってきた。



「いいよー」

「ありがとう、いと! ごめんね」

「全然大丈夫。行ってきまーす」



忘れずマスクをつけ、深夜11時、車のキーを手に家を出る。



居酒屋に着いたので車内から姉に連絡したが、姉から返事がない。酔っ払って寝ているのだろうか。10分待ったが返事がないので、腹をくくり、店内に入る。


店の奥の座敷で、20人近くの男女が盛り上がっている。その中に、ふわふわと隙だらけの様子で笑う、顔の赤い姉を見つけた。意を決して座敷へと近付いていく。



「すみません、宮下を迎えにきました」



酔っ払いの目が一斉にこっちを向いた。その圧力に負けそうで、浮かべた作り笑顔が引きつった。


酔っ払いの女性陣が歓迎してくれる。



「妹ー! ほら、あい、妹来てくれたよ!」

「まっじで、こんな夜遅くにごめんねー」



私は「いえいえー」と作り笑顔を保つ。


すると、座敷の奥の方から聞こえた。



「──なんだ、全然似てねえな」



少し嘲るように吐かれた声を、私はどうして聞いてしまうんだろう。どうして未だに慣れないんだろう。笑顔がひきつっていると気付かれはしないだろうか。


そんなことばかり考えてしまう。



「では、すみません、姉は引き取りますね。会費はもう払っているんでしょうか?」

「あ、もうもらってるよー。妹ちゃんはしっかりしてるね、愛と違って」

「あはは、いつも姉がお世話になってます」



一刻も早く帰りたい。とにかくマスクで隠れない目元を笑っているように見せることだけに集中しながら、ぽーっとしていて力の全く入っていない姉を支えて立ち上がろうとした、そのときだった。



「──代わる」



後ろから男の人の手が伸びてくる。



    

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