第6話
翌日の夜、飲みたい意思が重なった同期の
むしゃくしゃして飲みたい私とは違い、春香はのろけを聞かせたいがために飲みたかったらしい。
「でね、昨日も
「おー」
「なんかもう、久しぶりに毎日どきどきしてるよ」
「おめでとう」
「ありがとうー」
先日茅野たちと飲んだときに出会った茅野の友達・昌くんと順調らしい、春香。
まあ、上機嫌な春香は可愛いし、飲めたらこの際何でもいい私は、相槌を打ちながらグラスを傾ける。
「あ! 昌くんからLINEだ!」
「よかったね」
「ちょっと読んでいい?」
「ごゆっくり」
春香は嬉しそうにスマホを触る。
そして、ぱあっと顔を輝かせた。
「昌くん近くで飲んでるんだって!」
「あー、そうなんだ」
「諒ちゃーん」
甘えるように私を見上げた春香に、昌くんに会いに行きたいのかな、と察する。
「いいよ、行ってらっしゃい。私テキトーに飲んで帰るから」
手を振れば、春香は眉を寄せる。
「何言ってんの。諒だけ置いて行くわけないでしょ。こっちに合流してもらってもいいか、ってことだよ」
「あ、そうなんだ。けど私邪魔じゃない?」
「いやいや、2人の世界に入り浸るから大丈夫」
「それは強い」
まあ本当に邪魔そうなら、途中で抜けることにしよう。
そう心に決めて次のお酒を選び始めると、昌くんにメッセージを返しながら春香は「それに」と口を開いた。
「律くんもいるみたいだから、心配いらないよ」
一瞬時間が止まったような感覚を覚える。
「……え、茅野も一緒?」
「え? う、」
「じゃあだめ!」
春香が頷くよりも早く声を荒げて拒絶する。
春香はぽかんとして、それからすぐに、にやっとした。
「ごめん、もう呼んじゃったー。取り消すとか無理だから」
私はテーブルに肘を突いて頭を抱えた。
なんで? なんで今日なの?
なんで招待状が届いた翌日に、茅野に会うんだろう。
しばらくすると、男性が優しい声で春香を呼んだ。嬉しそうに顔を上げた春香の向かいで、私もそっちに目を移せば、でれでれと笑う昌くんの姿。
彼の隣には笑って手を振る茅野がいた。
「諒ちゃん」
私は愛想なく頷いて、手を挙げる。
仲睦まじい様子で昌くんは春香の隣に座り、当然の流れとして茅野は私の隣に座った。
「諒ちゃん仕事帰り?」
「うん」
「そっか。お疲れ」
「茅野もお疲れ」
「どーも」
茅野はスーツだった。ワイシャツの袖をまくり、ネクタイも少し緩めている。
それを横目で見る私に気付いたのか、茅野は見透かしたような目で私を窺い、笑いを殺している。
以前の会ったときもそうだったように、スーツの茅野と会うことは初めてではないが、そのたびに私は茅野を眺めていたのだろうか。茅野に暗に指摘されて初めて自覚する。私は表情を崩さないように努め、目を逸らした。
「諒ちゃんのグラス空きそう。何か頼む?」
茅野はメニューを私に寄せる。
「あ、でも、今日もう結構飲んでんのか。諒ちゃんちょっと顔赤くなってる」
顔を覗き込まれる。その程度のことに体が揺れそうになる自分が嫌いだ。
私は自然を装って顔を背ける。
「そんなに飲んでないよ。生おかわりしようかな」
「ん、わかった」
茅野も昌くんも生ビールを頼むようで、私の分もまとめて頼んでくれた。お礼を言えば茅野は優しく笑う。
いつものこと。それなのにどうしてかいつもよりずっと深くまで染み渡る。いつもよりずっと苦しくなる。いつもよりずっと言いたくなる。何もかもぶちまけたくなる。同時に、いつもよりずっと内緒にしていたい。私の中の全部を。
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