第4話
終電間近の電車は混んでいた。
酔っ払いを含めたたくさんの人がいるなかでも茅野はよく目立つようだ。熱を含んだ視線も受けている茅野は、何を思っているんだろう。
「(……全然、意識してなさそう)」
私の前に立つ茅野は涼しい顔で周囲の関心を受け流していて、まあ慣れたものなのだろうと納得する。
それは突然のことだった。
電車ががたんと大きく揺れ、バランスを崩した私は茅野に寄りかかってしまう。
「ご、ごめん!」
慌てて体勢を直して謝ったが、ワイシャツを化粧で汚してしまい、焦りながら再び謝る。茅野は全くどうでもよさそうに「いいって」と笑い、私の肩に触れた。
「それより、もうちょっとこっち来て」
私を自分の胸にもたれかけさせる。束の間時間を要したが、状況を理解するとすぐに離れようとするが、肩に回った茅野の腕がそれを妨げる。
人が多い車内では望まれる密着なのだろう。
でも、私には耐えられそうにない距離だ。
「(なんか、いい匂いするし…)」
諦めずに身を引いていれば、茅野は耳に顔を寄せて囁いた。
「じっとして。諒ちゃんの後ろにいる酔っ払いに狙われてる」
意識を後ろに向けると、酔っ払いらしい酔っ払いは男性しかわからなかったが、確かに女の子の関心があった。彼女たちは、茅野がすでに女連れであることを少し残念がっている。
私は抵抗していた腕を下ろした。ぎこちなく下を向く。
「……珍しいね」
「ん?」
珍しい、女の子を敬遠するとか。
私の知っている茅野なら、むしろ私を遠ざけて女の子と接触しそうなものに。名前を聞いたり、可愛かったら連絡先を聞いたり、でも自分の連絡先は教えない、とか、何かしらの接触を。
でも、今目の前にいる茅野はそうはしないらしい。
ほのかに香る優しい匂いは不思議と私を安心させて、不思議と私を不安にさせて、ただ唇を噛んだ。
駅に着いて、ホームに降りて、改札を抜けて、家に向かって歩き出す。
茅野はやはり私の後ろを歩く。
真っ暗で静かな夜道。何もかもを隠してくれる、月の薄い夜。
私はぼんやり思う。なんで私を送ってくれるんだろう。
「(……見返りなんて、ないのにな)」
茅野に聞けば、一応女の子だから、と答えるだろうか。夜道を一人で帰せない、と笑うのだろうか。
ずっと黙っていた茅野だったが、ふいに私の名前を呼んだ。
「諒ちゃん、あいつ、気に入らなかった?」
「あいつ?」
「裕也。超いいやつなんだけど」
「……あー、うん、すごいいい人だった」
「だろ? ちょっと軽いけど、かなり優しいよ」
「ちょっと軽いんだ」
「ちょっとな」
後ろで茅野は笑って「すげえおすすめ」と続ける。
「――…それは残念だった。またおすすめの人がいたらよろしく。そのときは頑張るから」
「おー、諒ちゃんやる気」
「うん、すごいやる気」
「じゃあ、諒ちゃんも誰か紹介して」
「いや、茅野は紹介できないよ。チャラすぎて」
「ひでえ」
けらけらと笑う茅野と釣り合うような軽やかさで、笑おうとする。
茅野が後ろを歩いていてよかった。
隠し事に困らない。
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