ずぶぬれ騎士の伝説
のいげる
始めに
どんな人間の人生にも、運命に触れる決定的な瞬間というものが必ずある。
それが訪れる姿は様々だ。
愛の告白とその返答。命に関る大きな事故、あるいは暴漢による死の危険。こういったものは比較的にはっきりしている。心臓の隠しようのない轟きが、人生の岐路に立っているのだと、明確に教えてくれる。
晩鐘の夕日。子供たちの笑い声。緑の葉からこぼれる露のしずく。吹き渡る風。そういった他愛もない日常のことども。そんな中に、運命を感じとることができるほど、繊細な人もたしかにいる。
運命に遭遇したとき、人はその予告もない衝撃に、魂が感動に打ち震えるものなのだ。
目の前の光景が内側から放たれる不思議な輝きに満ち、人生のすべてがくっきりとした陰影を持って浮き上がる瞬間。
偉大なる大地の上に立ち、自分が生まれて来た真の理由を知る。そのとき人の心は、望もうと望むまいと、新たに生まれ変わるのだ。
我が輩にとっての運命の出会いは、アンモリカルの鎧であった。
地面にぽっかりと開いた穴の中から出てきた汚れた布の包みに自分の人生が隠れているなんて、どうして想像することができただろうか?
泥にまみれたその布を、抑えがたい興奮とともに、一枚一枚剥ぎ取っていく自分の指の震えをいまでも感じ取ることができる。
そして汚れた布のその中から、燦然と光輝く鎧が転がり出たそのとき。
我が輩は自分が運命に出会ったことを知ったのである。
我が輩は騎士ウェトニクスである。
この冒険記を読んでいるのが誰であるのかを、我が輩は知らない。少なくとも、我が輩が生きている間は、この手記が他人の目に触れることはないはずである。
ここで改めて挨拶しよう。
ようこそ、我が輩の冒険記へ。未来の人々よ。
諸君はきっと、とんでもないホラ話だと、我が輩がここに書いたことを笑うだろう。
それとも眉をしかめてこの手記を閉じ、暖炉の火の中へと投げこむのだろうか?
ここには騎士にあるまじき我が輩の振る舞いや、聖職者にとってはとても見過ごしにはできない冒涜の思想が、臆することもなく赤裸々に書かれている。
恥と臆病、そのように解釈することができ、また実際にそうである我が輩の行為の数々。
奇妙な国の話、驚くべき奇跡の数々。神秘を越えるさらなる神秘の記録。おそらくは禁じられている魔法に関する、断片的な記述。
そのどれをとっても、人前では決して口に出すべきではない、いわゆるいかがわしい物語である。
しかし、いかにそれが信じ難くても、ここに書かれたことはすべて真実であると、我が輩は保証しよう。それが諸君にとって、何らかの意味があるのならば、だが。
我が輩はここに真実だけを述べる。ホラ話だと、笑わば笑え。だがそれは真実なのだ。我が輩がこの身で、直接に体験した冒険の話なのだ。
心して聞くがよい。
我が輩はかって多くの異世界を巡った騎士であり、今も騎士であり、そして天国からの迎えが来るその時にもまた騎士である。
我が輩の名を覚えておいて貰いたい。
我が輩の名はウェトニクス。ずぶ濡れの騎士、サー・ウェトニクスである。
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