第一章


第1章



 もう秋だというのにこの地方はまだ暖かい。

 夏の空と変わらない青空の下、一人の少女が波打ち際に立って海を眺めていた。


 長い栗色の髪は丁寧に手入れをしているのが一目で分かるほど艶やかで、小柄な体格のかなりの割合を占めている。

 少し大人びてきたその表情はぼんやりとしていて、片手でいじっている貝殻のペンダントは逆に幼い印象――悪く言えば子供っぽい――を見せていた。


 耳にはピンクオパールを主に色々な石の使われたイヤリングが下がっている。


 少女は何をするでもなく海を眺めながらぼんやりとしていた。

 いや、実は表に出していないだけで考えていたのだ。


 貝殻のペンダントをいじるのは、彼女が悩んでいるときにする癖だ。


 このペンダントをくれた兄のことを思い出す。

 もう居ない兄。


 4年半前に分かれたきり、兄や家族、慣れ親しんだ村の人々とは会っていない。

 4年前に永遠に会えなくなってしまった。


 今日は18の誕生日だ。

 本来なら、今日村を去る約束だった。――彼と共に行くと約束した。


 ――お前、海見たことないだろ? 病気が治ったら俺が連れてってやるから!

 そう言って、兄は彼女にこのペンダントをくれた。13の誕生日の時のことだ。


 今、連れて来てくれたのは兄ではない。


 と、足音がする。

 すぐにいつもの優しい匂いがしたので振り返らずとも誰かは分かった。


 彼は後ろから彼女を抱き締め、指先でイヤリングを揺らす。

「エフィ。こんなところで何してるの?」

「リヴェズ……」


 貝殻のペンダントをいじっていた手を彼の手に重ねる。


「みんなのこと――お兄ちゃんのこと、思い出してたの」


「……そう。

 ところで、もう準備できたけど……まだここに居たい?

 ずっと抱き締めててもいいけど」


「大丈夫。……行ける」


 そう言うと、エフィはリヴェズに手を取られて歩き出した。



◇◆◇◆◇


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る