歩く

天川裕司

歩く

タイトル:歩く


ひもじい男が居た。もうずっと食べてない。

ホームレス。家も無く、親も無く、友達も無い。

身寄りも居らず、ずっと歩き続けて居るだけ。


そんなある日、その男は倒れた。

ここが俺の最後の地か、そう思って。


として居ると、目の前に果物の入った篭が置かれていた。

男は飛びつくようにそれにガッついた。

本能のなせる業。

生きよう・生きろとするその本能の力が、

常識や理屈を超えて男を動かしたのだ。

そしてあとから気づく。


「ふぅ。……俺、とんでもない事しちまったんじゃ…」

泥棒。

こんな果物カゴが、こんな場所に落ちてるわけがない。

誰かが忘れて行ったか、少しの間ここに置いて居ただけ?

理性と常識があとからやってくるが、

もうやってしまったこと。

それ以上考えてもどうしようもない。

吐き出して、元通りの形に出来るわけでもない。


何とか賠償しなければとしばらくそこで待ったが

誰もやって来なかった。

さらにその辺りをうろついてみたが、

篭を置いて行った人の手がかりさえ見つからない。


しかし、男は元気が出た。

住む場所は無いけれど、しばらく歩いて行ける。

それだけの元気。


それからしばらく歩いて行くと、

自分のステータスと同じような人が

道端に倒れるように居た。

その人のそばへ行き、

男は自分の持てるだけの信仰の話を語って聴かせた。

言い寄られた男は他にすることも無く、

また未来への希望も無かったので、

その話を黙って聴いて居た。


聴いて居るとだんだん不思議なことに、

その信仰の実(み)が心の中に宿り始める。

そして言い寄られた男を

特定の目的へ向けて動かすのである。


置かれた果物を食べて元気をつけたその男は、

その場所で生き絶えた。

それに人間的な妙な感動を覚えた言い寄られた男は、

それから新たな目的へ向かって歩き、

その言い寄ってくれた男の事をずっと心に留め、

教会を建設し、自分が救われたその経過をメッセージ仕立てにし、

牧師の資格を得た上で、もっと多くの人に語って聴かせた。


果物をとって食べた男には、

最後までお咎めが無かった。


動画はこちら(^^♪

https://www.youtube.com/watch?v=KrShEH6oSSU

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歩く 天川裕司 @tenkawayuji

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