第15話 ギルド
リューゲン伯領の領都、セントリッツ。
周辺の街道が整備され、近郊に領主の邸宅と騎士団の屯所を構えるこの場所は、リューゲン伯領の中心地として賑わっている。
行商人が街道を使って集まるため商業も盛んだが、リューゲン伯領は何をおいてもダンジョン産業が盛り上がっていた。
領地は同じ伯爵領の中でも広大な反面、森や川、そしてダンジョンやゲートの数が多い。
それに対応するべく領内の各都市にはギルド会館が設置され、各地から優秀な冒険者を募っている。
結果として帝国内で流通するマナストーンの一割は、リューゲン伯領内のダンジョンから集積されていた。
――当然、領都セントリッツ内にもギルド会館は設置されている。
「ここが、ギルド会館」
冒険者ギルド会館、セントリッツ支部。
夜の闇に紛れるような黒髪黒目の青年――前世の自分に扮したハイドは、マナストーンの光で明るく輝く立派な建物を見上げ、計画が上手く運んだことにホッと胸を撫で下ろした。
◆ ◆ ◆
冒険者になる。決めるのは簡単でもそれを実行に移すのは中々に難しい。
まず、活動時間が限られる。
昼間はハイド・リューゲンとして過ごさなければならない以上、ショウとして過ごせるのは皆が寝静まった夜中の間だけだ。
「翼を使えば一気にセントリッツに着くけど、問題は目立つことなんだよなぁ……」
セントリッツ近郊に邸宅があるとはいえ、徒歩では一時間ほどかかる。空を飛んで行けば五分もかからないので、翼を使えるかどうかではまさに雲泥の差だ。
「透明になれたらいいんだけ、ど……」
言葉にしながら、ハイドはゆっくりと目を見開いていく。
動物に変化することと、前世の自分の容姿に変化することと、そして透明になること。
【神界の泥人形】を前にして、それらを区別することに一体
「メイド長、ハイド坊ちゃまがどちらへ行かれたか知りませんか?」
「自室にお戻りじゃないの?」
「それがいらっしゃらないんですよ」
「あら、じゃあ書庫かしら」
そんなメイドたちの会話を、ハイドはすぐ
しばらく屋敷内を練り歩いたが、すれ違う執事やメイドたちは誰一人としてハイドの存在に気付かない。
「本当になんでもありじゃないか、このスキル」
自室に戻って透明化を解いたハイドは、顔を引きつらせる。
とはいえ冒険者になるための問題が一つ解消されたと思えば前向きになれる。
次に浮かんだ問題は、睡眠時間についてだった。
昼夜を問わずに活動するのなら寝る時間が無い。
だが、それも【神界の泥人形】で解決できる。
「――すごい、頭がスッキリする。なんか変な感じだな」
徹夜明け。早速【神界の泥人形】で眠気を除去できるか試してみると、寝不足特有の頭痛や思考力の低下が一気に解消された。
「これってもしかしてもう寝る必要がなくなったんじゃないだろうか」
自分がなんだか人間を辞めているような気がしたが、気のせいだと思うことにした。
残る問題は、どこの馬の骨だかわからないショウが冒険者になれるのかという点だったが、これについては問題ないことがすぐにわかった。
そもそもこの世界では地球と違い、戸籍というものが存在していない。
貴族や聖職者でも無い限り身元を証明するものはないのだ。
(言ってみればギルドに登録することで発行される冒険者証が、平民にとっての身分証明書の役割も果たしているみたいだな)
もちろん有力な商人などは人からその身元を証明してもらったり、農村であれば納税の際の出納帳が擬似的に戸籍の役割も果たす。
とはいえ、いずれも
「とにかくこれで準備は整った。早速今夜、ギルドに行ってみるか」
思えば転生してからというもの、ほとんどの時間を広大なリューゲン邸の敷地と森の中で過ごしてきた。
この世界の都市を訪れること自体が初めてだ。
奇妙な高揚感を覚えながら、ハイドは夜が来るのを待った。
そして、夜が来た。
当初の計画通り【神界の泥人形】でショウの姿に変化してから透明になったハイドは、密かに自室の窓から飛び立つ。
一瞬でセントリッツを眼下に捉えると、【全知神の目】で周囲に人がいないことを確認し、街道の傍へ降り立った。
透明化と翼を解き、セントリッツを囲う城壁の出入り口である大門に向かう。
篝火が燃える大門は夜の中でも怪しげに輝き、その門を守るように衛兵が佇んでいた。
荷物がないことと一人であることを不審がられはしたものの、軽い身体検査を受けてから既定の通行料を払うとすんなりと通された。
大門をくぐるといよいよ都市内部が見えてくる。
ようやく訪れることのできた領都の町並みは、残念なことに闇夜に隠れてしまっていた。
「電気なんてないわけだしなぁ」
所々窓から明かりが漏れている建物もあるが、蝋燭の火がゆらゆらと揺れているような頼りないものだ。
だが、通りは広く、街道同様によく整備されている。
公衆衛生も行き届いているみたいで、糞尿が垂れ流しになっているなんてことはなかった。
そして目的のギルド会館は、そんな真っ暗な都市内部で際立っていた。
潤沢なマナストーンによって会館内部は昼のように明るく照らされていて、周囲の闇を完全に押し出している。
ハイドは一瞬固唾を呑んでから、ギルド会館に足を踏み入れた。
◆ ◆ ◆
会館内は立派な作りをしている。
エントランス脇には歓談用のテーブルや椅子が並べられたロビーがあり、この時間だというのに冒険者の姿が散見される。
どうやら酒場が併設されているようで、飲み食いもされていた。
そして正面にはまるでホテルのフロントのような場所があり、三人の女性が待機している。
(あそこが受付か)
馴染みのない顔が現れたことにロビーにいた冒険者たちの視線が集中するのを感じつつ、ハイドは受付へ向かった。
「すみません、冒険者登録をしたいのですが」
受付嬢は一瞬ハイドを観察するような目を向けてから、にこりと微笑む。
「こちらに必要事項をお書きください」
手渡された用紙を受け取り、紙面を確認する
用紙には名前とスキル、希望役職を書く欄があった。
ただ、スキルについては記入は任意であると但し書きがされている。
目にしたことのない単語に戸惑ったハイドは、素直に訊ねることにした。
「この希望役職というのは?」
「んだお前! そんなことも知らねえのか!」
受付嬢に訊ねたときだった。
背後で酒を飲んでいた屈強な禿面の男が立ち上がり、大声をあげた。
「すみません、なにぶん世間知らずなもので」
「はっ、大方商売でも失敗して慌てて冒険者になろうって口だろ。たくっ、おい姉ちゃん、紙くれねえか」
ドシドシとハイドの前まで迫ってきた男は受付嬢から紙と羽ペンを受け取ると、そこに何かを書き始めた。
「いいか、役職ってのはパーティにおける立ち位置のことだ。ダンジョンには基本パーティを組んで潜るからな。固定が組めたらそれに越したことはねえが、その時々で組むことも多い。そういう時に必要になるのが役職だ」
言いながら男は紙を掲げる。
そこにはこう書かれていた。
①タンク……壁役。
②アタッカー……近接戦闘担当。
③サポート……索敵や遠距離攻撃。
④ヒーラー……回復担当。
「パーティを募集するとき、登録した役職に基づいてギルドが人員を探してくれる。一々スキルを他人に明かしたりする手間が省けるってわけだな。助かってるぜ」
男が言うと、受付嬢がにこやかに会釈した。
「ご丁寧にありがとうございます。助かりました」
「いいってことよ。おっと、俺の名はニック。アタッカーをやってる。よろしくな」
「俺は……ショウです。ニックさん、こちらこそよろしくお願いします」
ニックと力強い握手を交わす。
「……ところでよ、お前さん回復スキルを持ってたりしてねぇか。今ちょうどヒーラーを探しててよぉ」
「いえ、残念ながら。ご期待に添えず申し訳ありません」
「がはは、つまんねえことで謝るなよ。俺が悪者みてぇだろ」
豪快に笑いながらニックはハイドの背をバンバンと叩く。
暖かな空気にハイドも思わず笑った時だった。
ギルド会館の扉が開き、外から一人の女性が入ってきた。
頭に被ったフードから、透き通るような金色の髪が見え隠れしている。
その女性が現れた瞬間、あれだけ豪快に笑っていたニックが息を潜めた。
見ると、ロビーで騒いでいた冒険者たちも居心地が悪そうにしている。
(どうかしたのか?)
ハイドが不思議に思ったときだった。
ニックががしっと肩に腕を回し、耳元で囁くように言う。
「新人に一つアドバイスをしておくぜ。あの女にかかわるのはやめときな。呪われるぜ」
「呪われる……?」
脈絡のない話に目を丸くするハイドへ、ニックは神妙な面持ちで頷いた。
「ああ。あいつとパーティを組んだ冒険者は皆――身を滅ぼすんだよ」
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