第16話 パーティ

 その後、ニックを含めてロビーにいた冒険者たちはそそくさと逃げるように会館の外へ出て行った。

 フードを被った女性は受付の右手にある掲示板を見上げている。


 ニックの口にしたことが引っかかりつつも、ハイドは用紙に記入を済ませて受付嬢に手渡した。


「はい、ショウ様……希望役職はアタッカーですね」


 受付嬢が内容を確認しつつ後方へ書類を回していく。

 スキルの欄は空欄にしておいた。

 あの四つのスキルをどう記入したものか悩ましかったし、任意ならわざわざ嘘を書く必要もないだろう。


 少し待っていると、粘土板のようなカードが出てきた。

 カードの中央には小さなマナストーンが埋め込まれている。


「こちらに手をかざしてください」


 言われたとおりにすると、マナストーンが淡く輝いた。

 一瞬マナが減る感覚が襲ったが、【神泉の源】で即座に回復する。


「はい、こちらで登録は終わりました。詳しいことは隣の掲示板の依頼書に記載されています。依頼を受領する際はその依頼書をこちらまでお持ちください」

「わかりました、ありがとうございます」


 掲示板の下へ向かいながら受け取ったギルドカードを眺める。


 カードには先程申請した名前と役職、そして等級という欄があった。

 そこにはFと刻まれている。


 冒険者は依頼をこなすかダンジョン内で討伐したモンスターがドロップしたマナストーンを納品するかで等級を上げることができるらしい。

 等級にはFから順にSまであるそうで、等級によって通行税の免除などの特権が与えられるのだそうだ。


(その特権目当てに上の等級へ行くことを目指す冒険者も多いそうだけど、俺の場合はモンスターを倒せたらそれでいいしな)


 地上にゲートが現れないようにモンスターを狩る。

 それがハイドの目的である以上、等級にこだわりはない。


 掲示板の下へ着くと、フードの女性はまだ悩ましげに依頼書を眺めていた。

 掲示板を見上げてその理由に納得する。


(思ってたよりも少ないな)


 てっきりこの広い掲示板を埋め尽くすほどに依頼書が張り巡らされていると思っていたハイドは、少し拍子抜けした。

 とはいえ、依頼書があることには変わりないので今から受けられるものがないか探し始めたときだった。


「今から依頼を受けるつもりなら、やめておいた方がいい」

「え?」


 突然フードを被った女性に話しかけられた。

 澄んだ鈴の音のような声だった。

 反射的に隣を向くと、彼女は掲示板を見上げたまま囁くように続ける。


「ギルドカードにマナを吸われたはず。初めての依頼は万全の状態で行った方がいい。……それに、この時間はパーティメンバーを探しても見つからないから」

「どういうことですか?」

「あなたの等級は登録したばかりだからF。ソロで依頼をこなすには自分の等級よりも下のものじゃないとダメ。だから依頼を受けたければパーティを組む必要がある」


 女性は淡々と続ける。


「でも、夜から依頼を受ける人は少ない。大抵は朝に受けて、夜までに達成報告をするから」

「なるほど……親切にありがとうございます」

「別に。私が何も言わなくても、受付の人が説明してくれたはず」


 淡々とした声だが、その奥に僅かに安堵しているのが感じられた。


(なんだ、いい人じゃないか)


 ニックの警告はなんだったのかと不思議に思いつつ、ハイドは依頼書の精査を続ける。

 依頼書にはダンジョン名と対象階層、そして討伐モンスターのノルマが簡潔に纏められていた。

 そして一番下には難度等級の欄があり、見たところFよりも下のものがない。


(参ったな。ソロで受けて一気に終わらせて、朝には屋敷に戻ってるつもりだったんだけど……)


 フードの女性の話では夜の間はパーティメンバーが見つからないという。

 昼間にでも募集をかければいいのだろうが、ハイドとしての生活がある以上それも難しい。


「呆れた。忠告を無視するつもり?」


 依頼書を眺めていると嘆息混じりの声が飛んでくる。


「そういうわけではないんですが、マナには自信があるので。ただ、仰るとおりソロで受けられる依頼はなさそうですね」

「わかったなら昼に出直してくるべき。その時間にはあなたのような新人もたくさんいるはず」

「そうしたいのは山々なんですが、夜の間しか活動できなくて……」


 ハイドが困ったように言うと、女性は何か思い悩むように俯いた。


「じゃ、じゃあ――」

「はい?」

「……いえ、なんでもない」


 一体何を言いかけたのか不思議に思いつつ、これからどうしたものか頭を抱えるハイドだったが、そうして悩んでいるうちに一つの選択肢に思い至った。


「あの、もしかしてあなたは今から依頼を受けられますか?」

「え?」

「新人の身で厚かましいお願いなのですが、よければパーティを組んでいただけないかと……」


 そこで初めて女性の顔がこちらを向いた。

 幼さと美しさが共存した、整った相貌だった。

 ぱっちりとした碧眼が見開かれ、ハイドを捉える。


 しかしすぐにふいっと顔を背けてしまった。


「……本気で言ってるの?」

「もちろんです。あなたがよければ、ですけど」

「私のこと、あの男から聞いたんでしょ? 私と一緒にいるとろくな事がないって」

「まあ、似たようなことは……」


 お見通しだったかと、ハイドは曖昧な笑みを浮かべる。


「でもあなたは悪い人に見えないので」

「依頼を受けられなくて困っているだけでしょ」

「それもあります」


 あけっぴろげに頷くと、「変な人」と呆れられる。

 短くない沈黙が流れてから、彼女はハイドの方へ体を向けた。


「ヘレネーよ。よろしく」

「! ショウです。よろしくお願いします!」


 ショウは彼女へ向けて手を差し出す。

 ヘレネーは差し出された手をじぃっと見つめてから、くるりと背を向けて掲示板から依頼書を取った。


「これにしましょう。初めてなら近場がいいでしょ」

「は、はい」


 ハイドは手を引っ込めつつ、受付へ歩き始めたヘレネーの後を追う。

 ヘレネーがハイドの隣を横切るその刹那、彼女は消え入りそうな声でぽつりと呟いた。


「どうせ、あなたもすぐにいなくなる」

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