独身の国の崩壊

ちびまるフォイ

愛でしか人は幸せになれない

「この壁の向こうに独身の国があるのか」


「くそう……中をひとめでもみたいなぁ」


「噂じゃ美男美女が独身の国に次々と入国してるそうだ」


「なんでこんな国に入りたがるんだ。まったくわからない」


「ともかくわかってることは、この壁の向こうはパラダイスってことだ」


独身の壁の構造を調べてから本部に戻って作戦会議。

なんとかして独身の国に入る方法を練る。


三日三晩徹夜してついに策が決行されることとなった。


「いいか。この作戦で中に入れるのは1人だけ。

 もし中でなにか合ったり連絡がいつまでも来なかったら……」


「わかってる。強行突破するんだろ」


「中でどんな刑罰が待っているかわからないからな」


「せめて命があることを願うよ」


協力者にお礼を言ってから作戦が開始された。

独身の国にバカでかいサイレンが鳴る。


「いまだ!」


サイレンの音に乗じて壁を超える。

侵入者の警報が鳴る。


「誰だ!!」


ガードマンがすっ飛んでくる。

しかしそこにはもう誰もいない。


「こっちにはいなかったぞ。

 おおかた野良猫でも迷い込んだんだろう」


「そうか。まあ独身の国じゃペット飼う人多いし

 そういうこともあるんだろうな」


「戻ってくれ。俺はもうちょっとあっちを調べてくる」


「ああ」


本物のガードマンが持ち場に戻ったとき、

来ていた偽物の制服を脱いで独身国に入った。


「危なかった……バレたかた思った……」


ついに憧れと禁断の地である独身の国。

そこでは結婚と恋愛が禁止されていた。


「す、すごい。本当に美男美女ばっかりだ」


噂通りで道には目を奪われるほどの美形ばかりが歩いている。

もちろん中にはわかりやすいブサイクもいる。


なにより驚くのは、そのブサイクと美形が

ごくごく普通に話したりカフェにいたりしている。


こんなのが普通に街で見かけたなら、

ロマンス詐欺か何らかの援助込みの交際にしか見えないだろう。


「どうなってるんだここは……」


ブサイクでもモテるのかと思ったが、

それもこの国で数日過ごすだけで違うことがわかった。


この国じゃ誰も「恋愛対象」として相手を見てない。


仲良くなった美人の友達が教えてくれた。


「たしかに私は顔もいいしスタイルもいいわ。

 前の国じゃモデルとしても活動してたし」


「そうだったんだ。なのに何でこの国へ?

 もとの国のほうがちやほやされていただろう」


「チヤホヤされたくないのよ。普通にしてほしい。

 普通に話して、普通に好きなことをしていたい。

 なのにもとの国じゃそれもできなかった」


「そうだろうか……? 美人なんだし特別待遇されたんじゃないの?」


「ちょっと異性と話せば告白されるし、

 普通にご飯食べるだけで割引されて見返りを求められる。

 1分歩けばナンパやらスカウトやらに声をかけられる」


「それは……」


自分に立ち返ってみると、なんてわずらわしいんだろう。

自分の一挙一動がいちいち周りに影響を与えることになるんだから。


「だからこの国はすごく楽。

 告白もないし、恋愛もない。

 異性の友だちもできるし、同性の友達もできるもの」


その言葉になにか自分の中での偏見がはがれる気がした。


自分はなんてよこしまな気持ちで国に来ていたのだろう。


独身の国というからにはナンパし放題。

誰も彼もフリーということで入れ食いだろう。


そんな風に思っていた自分はなんて下品なのか。


ここにいる人たちはただ自分の好きな人生を、

誰にもわずらわされることなく過ごしていきたいだけなのに。


自分が「美人をゲットしたい」という欲の果てに

相手の人生を拘束するだなんておこがましすぎる。


「いちいち干渉されない自由は、ここにしかないのか」


独身の国の最大のメリットに気づいたとき、

もうすっかりこの国のトリコになってしまっていた。


そんなある日のことだった。

戸籍をこの国に移そうとしたとき、異性の友だちに呼び出される。


「どうしたの? 緊急の要件だと聞いて飛んできたけど」


「実は大事な話があるの……」


「う、うん……」



「私と、結婚しない?」



「え? 何言って……。この国じゃそれはできないだろう?」


「ええそうよ。だったらこの国を出ればいいじゃない。

 そして外の国で結婚をしましょう」


彼女は美人でスタイルも良い。

性格も非常に優しくてステキな女性。


ふたりでいるといつも楽しくてハッピーだった。


しかしーー……。


「ねえ、なんで答えてくれないの? 私のこと好きじゃないの?」


「いや……」


「好きなのよね? じゃあ結婚すればいいじゃない」


そう迫られてもまるでその対象に見えなかった。

というか、そもそも結婚を迫る理由もわからなかった。


「なんで……君は俺と結婚したいの?」


「決まってるでしょ。あなたといると幸せなの!

 だから結婚したいの! おかしいのはあなたよ!」


「俺も君といると楽しい」


「じゃあ結婚するしかないでしょう」


「そこが……わからないんだ。なんで好きになると結婚なんだ?

 今でもこの独身の国で十分に幸せじゃないか」


「こんなのはかりそめの幸せよ。

 すべての人間はひとしく恋愛をして結婚をし

 家庭を持って子供を育てて死ぬ。それが幸せなのよ」


「そんな……」


「独身の国ではわずらわしさからは解放されるけど、

 人間の幸せからは遠ざかるのよ! 私はイヤ!

 結婚をして人生を次の幸せステージにすすめたいの!」


「君はすごろくでもやっているのか?」


「好きな人と結婚をする以上の幸せはないわ!

 だって私はそのためにこの国へ来たんだもの!!」


彼女はもともと自分と同じ密入国者だった。


独身の国の雰囲気に当てられて自分の使命を忘れたのと対象的に、

表面じゃ器にしてない風を取りつくろいつつも、

うちに潜めた結婚願望をこれまで押さえつけていたのだろう。


それでも。彼女はまるで結婚の亡霊に取り憑かれているようにさえ見えた。


「どうして結婚すれば手放しで幸せと決めつけるんだ……。

 どうして幸せは恋愛抜きに話すことができないんだ」


「どうしちゃったのよ。そんなの疑いようもないことでしょう」


「君は恋愛映画やドラマに人生観をすりこまれて、

 それが真実かどうか考えてないんじゃないか」


「どうしてそんなこと言うの! あなたおかしいわ!

 あなただってキレイな彼女が欲しくて、結婚もしたいでしょう!?」


「俺は……」


詰め寄られてはじめて自分の気持ちが浮き彫りになった。

自分は結婚だの恋愛だのをいまや求めていなかった。

求めているのはただひとつ。



「俺は……自分らしく生きていける自由がほしい……」



「最低!! 私は遊びだったのね!!」


「君こそ、なんで恋愛抜きで他人と関われないんだ!」


そのときだった。

壁の近くで大きな爆発音が鳴った。


煙がひいてから顔を上げると、独身の国の壁には大きな穴が空いていた。


「か……壁が壊されている……!」


ガレキの中から姿を見せたのは、

かつて壁の侵入を手伝ってくれた協力者だった。


「連絡がないから心配したぞ!

 今助けてやるからな!!!」


壁を破壊した爆弾はもとは自分が設計したものだった。

開きっぱなしの壁の穴からは、鼻息あらいハイエナたちが独身の国へとなだれ込んできた。



「どこ住み? 何歳? ID教えて!!!」



まもなく独身の国は崩壊した。

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