限りなく「両想い」――な両片想い

みやび

1

「じゃー谷口、戸締りよろしく」


「はい、お疲れ様です」



 店長を見送って、彼はせっせと食器を洗い始める。



 その五分ほど後だろうか。



 カランとドアが鳴る。


 表のドアを、閉め忘れていたらしい。



「すみません、今日はもう終わりで……って、」

 貼り付けた申し訳なさそうな顔をすぐに解く。



 なぜなら立っていたのは、女友達だから。



 さらりとしたミディアムボブの髪。


 悪戯めいた笑みを浮かべて、片手だけを上着のポケットに突っ込んでいた。



「よっ、俊也しゅんや


 見える方の手をこちらにかざす。


 ビジネルスタイルの出で立ち。こんな遅くに顔を見せたのは残業してたのだろう。



「今日はもう終わりだぞ、梨沙りさ。――で、何にする?」

「会計閉まってんじゃないの?」

「わざわざ会いに来てくれた友人を無碍にはできないさ」

「じゃー……お言葉に甘えて」


 アルバイトの身分であまり大それたことはできないが、そのくらいしてもバチは当たらない。


 店長に事情をLIENラインしたあと、俊也はグラスをひとつ手に取った。

「今度会社で飲みに来たげる」

「ギブアンドテイク、ってことで、ご贔屓に頼むよ」



     *



 住宅街に建つ店の外は、しんと静まって。


「家の中は、落ち着いた?」

「だいぶな。じゃ、いつものどうぞ。――松田梨沙さま」


 へ? と声を漏らして梨沙が胸元を見る。


「やば、ネーム付けっぱなし」

「このご時世だから気をつけろよ?」


 カウンター越しに苦笑を向ければ。

 梨沙も苦笑いを浮かべて、桃のノンアルに口をつけるのだった。




「仕事は?」今度は反対に。


 俊也が問えば、梨沙はふっと息を吐く。


「ちょっとくらい大変でも頑張らないと」

「さすが社会人」


 それからしばらく梨沙と、この最近の出来事について語り合った。



 壁にかかったアナログ時計の針は、てっぺんへと近づいていた……。





「ねぇ俊也」


「ん?」


「その、実はね……別れたの、わたし」



 目線を逸らし、ふっと頬を染めて。



 慌てて手元のボトルを確かめる。間違いなく、ノンアルコールだ。それに俊也へと恥じらうような話題ではない。むしろ逆ではないのだろうか。



「そ、そか。残念だな……」


 その相手と俊也に面識はない。

 俊也は当たり障りなく同情する。


「……だからさ、その。付き合ってくんない?」

「付き合うね、はいはい……え?」

「……へ? ……あー違っ、違うから!! 今度の休み、ドライブにでも行こうってこと!」


 なんかわからないが、必死に弁明してきた。


 一瞬勘違いしてしまったのが、妙に悔しかった。




「……平気? その、お父さんのことがあったら」

「もう一年だ。大丈夫だよ」


 俊也は心配させまいと苦笑する。



 去年の秋、父が倒れた。

 そのまま意識を取り戻すことなく……。


 俊也は休学し、地元へと戻ってきた。

 遺された母を少しでも楽にするには、働くのが一番だと思ったのだ。



「あんましおらしくしてんのも、親父の望むところじゃないと思うし」

「……うん」


 梨沙は穏やかに頷いて。


「ありがと」


 ふっと微笑み、手元のスマホの手帳アプリを立ち上げると、画面をスワイプしながら、俊也に問いかける。


「日曜なんだけどさ、俊也空いてる?」

「待って。……うん、大丈夫」

 シフト表を確認する。確かに大丈夫だ。


「じゃ、モールの駐車場に十時。遅れたら貸しイチだから」

「へいへい」


 思えば高校の頃から、こんな感じで。

 疎遠になった時期もあったが、今や元通りだ。俊也にとっては気が置けない――大切な友達。


「あ、今笑ったでしょ」

 ふと梨沙がジト目を向ける。


 ちょっと思ってしまっただけだ。――きっと恋愛には、ならないんだろうなと。


「笑ってないです」

「絶対笑った!」

 たわいのないやりとりを、二人で繰り返す。



 その時だけは、確かに感じることができた。



 ――彼女と築いた友情が、これからもずっと。続けばいいと……。




 ⭐︎お店は郡山の朝日らへんにあるイメージです。

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