捕虜(アホ)と拷問官(くろうにん)
WA龍海(ワダツミ)
拷問官と女騎士
俺は国の拷問官を仕事としている。
拷問と言っても基本的に残虐な行為はせず、捕らえられた捕虜に質問をして、平和的に情報を聞き出すだけの仕事だ。
しかし、最近は仕事らしい仕事はできていない。
理由は単純で、我が国と争う敵国の兵士を捕らえても全員ろくな情報を持っていなかったのだ。
体裁上放置もできないので、質問してから解放してやるようなことを繰り返し、就業時間のほとんどを新聞を読むことで消費していたある日のこと。
上司から『敵国の騎士を捕らえたので、情報を引き出してほしい』との要請があった。
そんなわけで、捕虜となった騎士様のおわす牢屋へと赴くこととなったのだった。
広い牢屋に一人、手足を縛られ座る騎士がいた。
ピンクブロンドの長い髪と端正な顔立ち。女性の騎士でありながら、我が国でも有名な敵国の分隊長だ。
事前に聞いてはいたが、本当に隊長格の騎士、それもこんな有名人を捕らえるとはな。
さて、そんな驚きは置いておくとして、早速仕事に取り掛かろう。
「アンタが敵国の騎士様だな」
「……ああ、そうだ」
「俺はこの国の拷問官だ。これからアンタに質問していくが、大人しく答えてくれれば何もしない。いいか?」
「そう簡単に答えるとでも?」
不敵な笑みを浮かべる女騎士。
俺とてそう簡単に口を割るとは思っていない。
「簡単にいくとは俺も思ってないよ。でもこっちも仕事でね。質問に答えるまではアンタを国に帰せないんだよ」
「国に帰す? はっ、笑わせるな! 帰す気などさらさら無いだろう」
え、何言ってんのこの人。
「いや、普通に用事が済んだら帰すけど……」
「嘘をつけ! 私から情報を絞り出し、辱めた後で殺すつもりだろう!」
「いやあの、殺さないから。ていうか殺したら犯罪者になっちゃうから俺」
「何を言っている。情報を吐かせてから殺すのは常套手段だろう」
「うちの国じゃ拷問官だろうが捕虜は殺さないんだってば! 戦争の前に声明もあったし、戦場にチラシもあったはずだろ!?」
捕虜となった兵士及び人間は丁重に扱い、後日帰国させる。
開戦時に互いの国で取り決められたルールであり、戦場でもそのチラシはばら撒かれていたはずだ。なんなら両国の言語による訳文付きで。
「声明? チラシ? ふっ、そんなもの罠としか考えられないだろうが!」
「いやまあ普通に考えりゃそうだけども」
一応、国王同士での決め事だからな?
というか、諜報部の話だと敵国内でも兵士向けにお触れが貼り出されたと聞いている。流石に分隊長ともあろう彼女が見ていないわけはないだろうよ。
「しかし残念だったな! 自慢ではないが、私は字が読めない! だから罠にも引っかからないというわけだハッハッハッー!」
「本当に自慢じゃねえな!? なんで分隊長なれてんだアンタ!?」
「我が国は実力主義だからな。強ささえ認められれば知識は二の次だ!」
敵国って蛮族の国だったっけ?
ってちょっと待てよ……。
「そういえば以前捕らえた捕虜たちがやけに怯えてた気がするが……そっちの国の兵士の識字率はどうなってるんだ?」
「しき……何を訳の分からないことを!」
「あーごめんごめん。えっと、アンタの国の兵士って全体的にどの程度読み書きができるか分かる?」
「うちの兵士は9割読み書きができないが?」
「蛮族どころかアホの国だった」
何を当然のことを、みたいな顔してんじゃねえよ。
つーかよくその環境で触書きを貼り出したなそっちの国王。
「貴様ァ! 我が国を愚弄するか!」
「愚弄っつーか憐れんでるんだよ! つか、なんでそんなに読み書きが出来なくなってんの!?」
「勤勉なる我が国王の元に勉強嫌いの人間が集まって出来たのが我が国の起こり。つまりは国民の特徴だ!」
「本当にアホの集まりじゃねえか。国が運営できてる王様すげえな」
終戦よりも先に色んな意味で国が崩壊しそうだ。戦争してる場合じゃないよね敵国。
「貴様ァ、またしても我が国を……!? おい待て、何をする!?」
「いや、なんかもう解放していいような気がするからさ。その縄外して国に帰ってもらおうと思って……」
話を聞くからに、というか話しながらもう既に十分理解した。コイツから……というか、敵国の兵士からは何の情報も得られない、と。
これまでの兵士から情報を得られなかったのも、全員まとめてアホの集団だったのが原因だというのが知れたのがある意味収穫だろうか。
「し、痺れを切らして実力行使に出たか! しかし私は屈しないぞ! 離せぇ!」
「暴れるなって! 解放してやるだけだっての!」
「うおおお! 殺されてなるものかぁ!!」
「いや話聞けよ……って何その技!?」
縄を解いて帰ってもらおうと思ったのに、話を聞かずに抵抗しまくる女騎士。
危なっかしいので一旦離れると、床に接地している尻を軸にその場で高速回転を始めた。
謎の技術を目の当たりにして驚いていると、女騎士は回転をキュッと止めて得意げな笑みを浮かべた。
「驚いたか! これが我が国の兵士に伝わる秘技、『なんか尻を軸にして回るやつ』だ!」
「ネーミングが安直な上とんでもなくくだらねえ技が伝わってんな」
「くだらない……はっ、舐めるなよ? 我が国では捕まって殺されそうになった場合を想定し、兵役する全員がこの技を訓練、体得している!」
「負ける事を想定した技を全員が訓練してる時点で舐められる要素しかねえだろ」
通りで最近捕まってた奴らがケツでスピンしてると思ったらそういうことかよ。
一応上に報告したら相手国の宗教的な儀式として民俗学者の研究対象にまでなっていたというのに、なんて残念過ぎる事実だ。
「そんな態度を取れるのも今の内だ。私が回り続けている間、貴様は手出しできまい! つまり情報を吐かせるための強硬手段を取ることも不可能! 私の勝ちだハッハッハッハー!!」
「いやあの……もう勝手にしたら?」
それからしばらくの間、女騎士は高笑いをしながらその場で回っていたが……三半規管の限界により、すぐに目を回して吐きそうになりながらその場に横たわることになった。
その隙に拘束を解き、手配した馬車に放り込んで強制的に帰国してもらうことで事なきを得た。
今回の情報を上に報告し、後で分かったことだが……敵国との戦争の原因は相手国民の勘違いによるものだったらしい。
元々は我が国から教育に長けた者を派遣し、向こうの国民に勉強を教えるはずだったらしいが……どういうわけか、国民の一部は敵兵が攻めてきたと勘違いした。それから国の意向とは関係なしに民衆は勝手にヒートアップ。よく分からないまま戦争に発展していたらしい。
幸い両国に大した怪我人はおらず、主に向こうの国の兵士が毎回我が国に挑んでは追い返されていたようだ。
その事実を知った我が国の王はすぐに相手国へと早馬を飛ばし、向こうの王様へと連絡。即刻戦いは中止となり、密偵によると向こうの国の王が兵士を含む全国民を集めて直々に戦争の原因を説明したらしい。
それから間もなくして停戦、和平締結が決定。両国家間には平和が訪れたのだった――。
「――と、そんな感じである意味俺達の話し合い(?)が平和に貢献したわけだが……」
「どうやらそのようだな」
「なんでまた捕まってんだよ」
お互いの国のすれ違いも解消され、平和になったことで拷問官としての仕事も暇になった頃。
何故か俺の前にはあの日の女騎士が縛られていた。
「理由を話せと? ふっ、いいだろう! 話せば長くなるんだがな……」
「手短に頼むぞ」
「勉強が嫌で逃げてたらここにぶち込まれました」
「……」
「な、なんだその冷ややかな目は! 仕方がないだろう! 国の代表として学びにきたはいいが……私は勉強は嫌いなんだ!!」
「仕方なくはねえだろ! 国家間の関係性にも響くんだからちゃんと学べ!」
戦争が無くなったことで当初の予定通り我が国から向こうの国へ教員が派遣され、我が国には向こうの国から留学生として一名派遣されることになったわけだが……まさかこの女騎士がその代表だったとは。
一応は両国からのお達しというわけで、どれだけ勉強嫌いでも我が国に来たからには教育を受けて貰わなければならないわけだが……。
「しかし逃げ回った程度で拷問部屋に突っ込まれるなんてこたぁねえだろ。アンタ何やらかしたの?」
「貴様、本当に失礼だな! 私は犯罪など犯していない!」
「じゃあなんでここにいるんだよ」
「『ここの拷問官はそれなりに優秀だから教えてもらえ』と言われてな。なんでも平和をもたらす一助となったペアだから相性もいいだろうとのことだ」
「体よく押し付けられてる!? つか縛られてる理由は!?」
「勉強するという行為そのものに身体が拒否反応を起こして私が逃げるものだから……くっ!」
くっ、じゃねえよ。こっちのセリフだ。
「あ、ちなみに苦手教科は数学だ。数式を見ていると頭が痛くなるのでな!」
頭が痛いのはこっちだ。
くそ、どおりでここに来る前に上司から『国からの命令だから、絶対に投げ出さないように』なんて念押しされるはずだ。あの時点で帰ってればよかった。
「はぁ……仕方ない。じゃあ教えてやるから、ちゃんと俺の話を聞いて……」
「うおおお! 学んでなるものかぁ!!」
心底気が進まないながらも教えてやろうと前向きな言葉をかけようとした瞬間、目の前の女騎士が尻を軸にして高速回転し始めた。
……コイツもう一回強制送還でいいんじゃねえかな。
捕虜(アホ)と拷問官(くろうにん) WA龍海(ワダツミ) @WAda2mi
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