英雄が謳う鬨曲<ファンファーレ>~colors編~

空自記盈

プロローグa 1「発現」視点 真城真美

 日本時間2018年7月4日16時43分

 今か今かと人類が待ちわびた世紀の瞬間まで2時間。

 2時間後人類は更なる自由を望み地球から飛び出し、月という宇宙の始発駅へと旅立つ。

 世界中から多くの局がこの宇都宮宇宙開発センター発射場に集まり、月へと向かう勇士たちを乗せる船の様子をそれぞれの国、地域へと発信している。

「本時刻よりこれからの放送予定の番組は延期とし、米日共同月面開発プロジェクト「アルミス計画」最初の有人月面探査船「アルミス16号」が2時間後の19時に発射される様子を生中継でお届けしたいと思います!今我々人類は宇宙という新しい戸口に立っているのです。その門を叩く7人の選ばれし希望!栄誉ある代表たちについて紹介していこうと思います、まずは」ピッ

 そこまで行ったところで興奮が収まらない若いリポーターの言葉が遮られる。

 別段妨害や事故が起きたわけではない。まじてや現場で爆発が起きたなんてこともない。ただ一人の少女がリモコンのスイッチを押しテレビの電源を落としただけなのだ。

 一般の家庭からはかけ離れた広さの部屋の中央にある大きなソファに座りはせず、床に身座り、気怠そうに上半身のみ横たわらせていた。

 そして用済みとなたリモコンをソファの隅にポイッと投げる。

 彼女の名前は真城真美。

 年齢は今年で14歳を迎えた。

 戦後唯一残った財閥、真城財閥の現当主真城吉儀の一人娘にして世界有数の天才少女。

 肩ほどまで伸びている銀髪の髪は彼女の美貌をより引き立たせている。

 少女は不機嫌だった。苛立っていた。

 どこの局も同じことばかり。

 唯一カニの通販番組をしていた最後のチャンネルも立った今宇宙特番に変わってしまったのだから。

 だが彼女が苛立っているのはお気に入りの歌番組の放送が来週に延びたことでも、どのマスコミを宇宙飛行士であるということ以外ただのおじいさんの人生の話を始めたことでもない。

 彼女はつまらなかった。

 この世界が。

 宇宙が。

 月が。

 地球が。

 人類が宇宙に出たからなんだというのだ。

 場所が変わろうと法則は同じ。

 その中で生物として単一の五感、物事への感じ方しか持たないのならば、どこに行こうと人類のすることなんて大差ない。おもちゃが増えただけ。使ったらこの星のようにおざなりにし、次のおもちゃを探す。

 けどわたしにとっては別段新しいおもちゃってわけでもない。

 最初は無限に遊べるおもちゃが手に入るとわくわくしていた。

 でも宇宙がこんなにもしょうもなかっただなんて。


 彼女の名は真城真美。

 真城財閥の令嬢にして天才の彼女は家柄としても、一個人としてもこの宇宙開発プロジェクトに大きく関わっていた。

 彼女の主な役割は計算機だった。

 齢13才でイギリスの某大学を卒業した彼女は、そのまま財閥を継ぐのではなくその地位と頭を生かし、1988年より進んでいた米日共同の月面開発という壮大な計画に加わり、この月面着陸に必要なこと、今回の発射起動から宇宙船のネジ一本の耐久値に至るまでの全ての数値を計算した。

 無論所詮は机上の空論だったが、彼女の生み出した数値、衛星軌道等の計算式は何一つとして間違いはなかった。

 結果本来あと50年は要したであろうステップを彼女はまるで一度クリアしたゲームを効率的に回るがごとくこの段階まで人類を進めてしまった。

 少女の世界はこの小さなドールハウスから壮大な宇宙へと広がったはずだった。一生かけても飽きない玩具を手に入れたと思った。

 だが、現実は違った。

 どれだけ距離が離れようと、法則が変わろうと、見た目が変わろうと。所詮は計算式の上の出来事。

 全て同じ事。

 少女の目から見えるそれらは地球だろうと宇宙だろうと大差ない。

 それに気が付いてしまった彼女は3か月前全ての役職を投げ、真城財閥が日本の東京に保有する豪邸の一室にこもった。

 人間の生きていける環境が広がったところでなんだというのだろう。

 月に住む人々と、高山に住む人々の違いは平地で生きる人からしたら差など些細なものだ。

 生きやすいか、生き辛いか。


 結果としてわたしはこの世界では生き辛かったみたいだ。

 誰にも理解されない事、独りであること。

 それらは別に問題ではなかった。

 問題は何をするにしても退屈ということ。

 新たな分野、医療だろうが工学だろうがどの領域に踏み込んでも三日もあれば飽きる。

 宇宙という無限にも見えた世界もこの手いじりしている人型うさぎの人形たちの箱庭と大して変わらない。

 自分の都合で世界を変えられる点を考慮すれば、今手で弄っているこちらのほうが私にとっては素晴らしい世界だ。

 彼女は苛立っていた。

 少しでも期待を抱き浮足立っていた自分に。

 不機嫌だった。

 自分を満足させることのできなかった世界に。

 そして飽きれ、目を閉じた。


 ジリリリリリッ、と部屋に置いてある黒電話が鳴った。

 このご時世にこんなものがあるのは、テレビ以外の情報機器を彼女が拒んだからからだ。

 この電話はこの屋敷の執事室と父のいる書斎としかつながっていない。

 少女が目を覚ます。

 どうやら2時間ほど寝ていたらしい。

 気だるそうに美しい淡い緑が混じった瞳をこすり、立ち上がるとやかましいベルの元へと進み受話器を取る。

「執事の林出でございます。真美様、御父上の吉儀様よりお電話が来ております。」

「今いないって言って。」

 この天才少女は以外にも年相応に絶賛反抗期を迎えていた。

「それが緊急の要件のようですので。必要ならお部屋まで行くとおっしゃっています。」

 だが林出の珍しい懇願を聞いた彼女は、自分の父親よりも長く身の回りの世話を統括してきてくれて彼の顔を立てることにした。

「お茶飲んだらって伝えて。」

「かしこまりました、お車を用意しておきます。」

「電話にして、外に出る気ないから。」

「ではお茶と電話をお部屋に持ってまいります。」

「あとケーキも。」

「かしこまりました。」



「で、なに?」

 林出が淹れたハーブティーとついでにケーキを食べ終えた彼女は父親に電話を掛ける。

「久しぶりに話すんだ、もっとこうなんか...」

「要件とっとと言って。じゃないと切るから。」

 むろんここでも反抗期は遺憾なく発揮される。

 実の父親に対してそっけない態度をとり電話を耳から離す。

「あー待った待った。実は発射前に問題というほどでもないがね、確認したいことがあるらしくてね。兎に角君の力を借りたいそうだ。」

 少女は大きなため息をついた。

 大の大人たちが電卓なしでは簡単な計算もできないらしい。

 この先わたし抜きでどうやって宇宙開発などするのだろう。

「じゃあ失敗すれば。わたしにはどうでもいいから。」

「あーちょっと!」

 そのまま耳元に戻すことなく電話を切り執事に渡す。

 すると間もなくして同じ端末に通知が届く。

「お詫びのケーキリスト」と書かれた通知を開くとそこには甘味とは全く関係ない莫大な量のデータが入ったいた。無論少女はそれが何のことかすぐに理解できた。



 約五分間。データを見て虚空でぶつぶつと何かを言いながら彼女だったが、ふつふつと怒りが込み上げ来たらしい。

「ばかばかしい。」

 こんな子供だましに引っかかった自分も、こんなことでも一度目に入ってしまえば、娘は力を貸してくれると信じている自分の父親が。

「あーーームカつく!ムカつくムカつくムカつく!!!!」

 手足をバタバタさせながらそのどうしようもない苛立ちを開放させ、端末を部屋の外へと投げ飛ばす。

「.....。」

「パパに問題なしって伝えといて!あとお茶もう一杯!」

 怒鳴りつけるように様子を見守っていた執事に叫ぶとクッションを顔に持ってきて顔を隠す。

 執事は何も言わず深々とお辞儀をすると、部屋を去っていった。

 父親が嫌いだ。

 でも家族愛としての嫌いではない。

 人間として嫌い...苦手なのだ。

 あの人は当たり前のように人々を惹きつけ自分と同じ方向を向かせる。

 カリスマという曖昧な言葉でしか形容できないことが悔しい。

 あの無害そうなおじさん顔をしながら人を操り動かす父親には畏怖を覚える。

 とにかく苦手だ。

 あの人は私が理解できないものを自由自在に操る。

 私でさえも。

 それが自覚されて行われていることでもそうでなくても気味の悪いことに変わりはない。

 今回のプロジェクトだって、まるで「娘が計画の段階を早める」ことを最初から予期していたようなお金や人の動かし方をしている。

「はあ。伊達に日本で唯一生き残った財閥の当主じゃないわねー。」

 他人事のように誰もいない部屋で呟くと。近くのソファへとダイブする。

 一応彼女はその財閥の主の一人娘に当たるはずなのだが。

 今度はしっかりと身体を横にすると、茶を頼んだことなど忘れ再び目を閉じた。



 人々の希望とやらが飛び立って丸々3日経った。予定通りならば船は既に月面着陸の態勢に入っているだろう。

 一方真城真美は相変わらず部屋に引きこもっていた。

 以前と違うのは彼女が人形いじりではなく、年相応の少女向けの本を読んでいることだった。

 そして彼女は感銘を受け感動していた。

 生まれてこの方読んだ書籍といえば、歴史書、哲学書に数学書やらどれも学術書の範囲のものであり、何一つとして14歳という少女には似つかないものばかりだった。

 だがふと手を伸ばした恋愛を軸に描かれた漫画、いわゆる少女漫画というものにハマりこの3日間あるものあるものを買って寝る間も惜しみ読み倒していた。

 既に部屋には足の踏み場もないくらいに本が散乱している。

 落ちているものはどれも似たり寄ったりの内容で、シンデレラストーリーのような、少女が運命の相手に会い人生が激変していくというだった。

 経済的な面では比べる相手が石油王くらいしかいない家に生まれた彼女がシンデレラのような、普遍的な、なんならやや貧乏な女性に一ミリも共感できるわけがない。

 だがそんなパン等食べずに毎日ケーキを食べればいいと思っている彼女を夢中にさせているのは「理想の王子様」という概念である。

 彼女がここ数日の研究の結果固まった理想の王子様とは、立ち行かなくなった少女の前に颯爽と現れ道を切り開き共に幸せを勝ち取っていく存在である。

 地球どころか宇宙という広大なフロンティアでさえ満足できなかった彼女の欲求をたかが一個人が満たせるかどうか疑問を覚えるが、とにかく彼女の今の命題はこれだった。

 彼女はメモ帳を取り出すとそこに理想の王子様の条件を綴り出した。

「そーね、まずはうーん...当然顔は私好みじゃないとね。あとは性格は大胆不敵で、私にだけ優しくて、あとは一途じゃないとね。それからー...。」


 日本時刻2018年7月7日18時46分

 彼女が部屋で108個目の理想の王子様の条件を書いたところで疲れのままベッドで寝てしまった頃、アルミス16号は月面への着陸準備に入っていた。

 そして人類が初めて月に足を踏み入れる瞬間を今か今かと世界中の人々は探査船に乗せられらカメラ越しに見入っていた。

 そして船長が月面へと足を踏み出した。

 彼は驚いた。

 宇宙望遠鏡や先だって飛ばした無人衛星によりデータとしては知りえて居たが、月面は驚くほど静かで地平以外のものは存在していなかった。

 そう彼らはようやく人類はその両の目で月面を見た、見てしまった。

 何もなかったと認識してしまった。


 後に「発現」と呼ばれる人類を襲った災厄であり祝福はこの瞬間もたらされたこと、その理由を未だ知らずにいる。



「お嬢様!お嬢様!」

 執事は真城真美の身体を揺らし、普通ではない様子で彼女を起こそうとしていた。

 ...うるさいな。

 せっかくここ最近はいい気分で過ごしていたのに。

 眠りの邪魔をされた彼女。

 こうも睡眠を妨害されては起きざるを得ない。

 覚醒しだして彼女はようやく異変に気が付く。

 執事は変わらず私のことを呼んでいる..というよりも叫んでいる。

 うっすらと開けた目には慌ただしく部屋を出入りするメイドたちが見える。

 皆赤く染まった布を取り換えては白い布を部屋に持ち込む。

 私の部屋で何をしているのよ?

 起きようと左手を枕の近くに立て力を籠めようとする。

 ヌメ?

 感触がおかしい。

 少女がその真相を確かめるべく自分の視界に収めた手は真っ赤に染まっていた。

 なにこれ...?どういうこと...?

 彼女は外傷を負ったわけではない。実際覚醒しかけとはいえ彼女の痛覚は依然として全く反応を示していない。

 ただの鼻血だ。

 問題はその出血量。

 彼女の寝ていた枕から首の周りあたりまでシーツも赤く染まり、そこを伝い今もなおポタポタと床に血が滴っている。

 その異常な光景は吉儀から届いたケーキを紅茶ととも持ってきた執事を青ざめさせるに十分なものだった。

「お嬢様無茶せずそのままで!直ちに医者が参ります。」

 この騒動の中心が自分であることを知覚した彼女は執事の制止を聞かずに身体を起こす。

「...ッ。」

 立ち上がろうとした彼女はそのままよろけると執事と反対側の床に倒れてしまう。

 身体がうまく動かない...とは違う。

 同じようで違う。

 私の脳は身体をコントロールする処理を行うことができないのだ。

 客観的に自分の身体に起こっていることを分析しだすことにより覚醒した意識。いよいよ彼女は自分の状態をあらゆる感覚器からの信号を受け取ってしまう。

 吐き気、めまい、平衡感覚の喪失、etc

 どれもそうでどれとも違う。

 彼女の脳は今熱を発していた。

 突如として入ってきた大量の情報を処理しようと動き続けている。

「う,,,,あ,,,」

 むき出しの脳ぐちゃぐちゃにかき混ぜられるような感覚を彼女は悶え苦しむ。

「さわるな!」

 部屋についた医者の手を振り払うと、よろよろとしながらソファへと向かい倒れる。

 やがて彼女は呼吸を整え落ち着きを取り戻していく。


「ふふ、ハハ...アハハハ!!!ハア、ハアふふふ。」

 やがて狂人じみた笑い声を発しだした少女。

 血まみれのまま手を宙に遊ばせ笑う少女。

 その異様な光景に、その場にいた彼女以外の者たちが一歩退く。

「ああ、やっぱりわたしって世界に愛されているのね!」

 うすうす気が付いていた。

 世界有数の金持ちのもとに生まれ、容姿端麗、頭脳明晰。

 ないものもあったけど、圧倒的に持っている側であったことも彼女はよく理解していた。

「確かにこれは私に相応しいわね、そこらの凡夫共には耐えられるわけがないわよね。」

 以前血は流したまま。ハイになったままの彼女の言葉は続く。

「おかしいと思ってたのよ、世界がこんなに単純であることを!誰も変えようとしなかったことを!でもまさか、どいつもこいつも自分が上にいると思ってた怠慢の所為だなんて信じられる!??神様ってやつも大したことないのね!アハハほんと滑稽ね。こうしてみると案外人間の方がまともなのかしらね。」

「...お嬢様?」

「林出、わたしわかっちゃったの。」


 彼女だけが知った。

 この今世界に起こっている異常事態が神々の逃走。

 月に居たはずの者達が「人間の「なにもなかった」という認識によって消えたこと」に対する上位者達のパニックで起きたこと。

 

「一体何が?」

 その場に立ち上がり一回転し両の手を広げる。

「全部よ!」

 元々他者を画一した思考により周りを驚かせることや、周りを置き去りに進むことは多々あった。幼年期より彼女の面倒を見てきた林出にとってはもはや日常茶飯事だ。

 だがその林出の目から見ても今の彼女は明らかに常軌を逸している。


 それもそのはず。

 後にわかることだが、彼女以外の多くのものにも身体的異変などが起きていた。

 それが彼らが消えたことにより、この世界に置き去りにされた能力コードが行き場をなくし人々に宿りだしたことも彼女だけが知っている。

 そして彼女が手に入れたものは「全知」だった。

 彼女の発熱や出血は全て「全知」を得たことにより受けた膨大な情報量に対して以上に稼働した脳処理によるものだった。

 常人が、いや彼女以外の人間がこのコードを授かっていたなら、その不可に耐えきれず廃人となっていたことだろう。


「ああそうよ私にはしなくちゃいけないことがあったの!!!」

 彼女は天井を見つめるとその視線は遠く遠くへと沈んでいく。

「やっぱり居たのね!私の王子様!....そう。」

 彼女の声色はこれまで人生のどの時よりも喜びに満ちていた。

 だが、何かを察したのか次の瞬間にはその声は落胆に染まっていく。

「今の私じゃ彼に釣り合わない。」

 何を基準にしての話なのか微塵もわからない。授かった全ての知を利用して彼女は自分にふさわしい者を見つけたらしい。

 

 未だ意思を持たぬ、これから生まれ落ちることになるであろう自由の特権者 虹色の絶対者を。 


 彼女は知った。

 この世の全てに願われて存在を。


 その人物の隣に立つ資格がないと肩を下ろしている。

 周りの者たちは彼女の喜怒哀楽に置いてかれ、全く理解が及ばずに呆気にとられている。

 そして彼女も何かを考えこむように沈黙する。

 数刻の沈黙のあとに少女は何かを思いついたようで意味の分からないことを言い放った。

「そうよ!相応しくなれるように生まれ変わればいいじゃない!」

 うんうんと、笑顔で頷きソファにあったお気に入りの熊のぬいぐるみを抱きしめる。

「こんなに別の世界が増えたんだもの、わたしにとって都合のいいとこの一つや二つあるに決まっているわ。」

 

 この日自由という特権をいち早く利用した者達はそれを使い異世界を生み出した。

 

 この世界と同じような世界

 人々を機械によって完全に統治する世界

 人だけでなく多くの知的種族が存在する世界

 他にも無数の大量の世界が生まれた。


 だが逃げること、新しい世界を生み出す喜びの所為で彼らは気が付かなかった。


 一度望んでしまった「自由」は常世全てに対してその「自由」を行使できることを


 そして日本のただ一柱の神だけがこの用済みとなり、神々の合意で消されることになった世界を守るために力を使い果たしたこと。

 それによりその「自由」が生まれ落ちる環境が整ってしまったこと。


 けれどこれらはまだもっと先で語られるべきお話。

 話を戻そう。


日本時刻2018年7月7日18時54分

 彼女はふんふーんと鼻歌交じりに部屋の外へと軽やかな足取りで向かう。

「お嬢様...。」

 ようやく口を開いた林出もかろうじて彼女を呼ぶことしかできない。

「林出、外に出るから車...できる限り頑丈なものを用意して。それとパパの兵士さんたちもつけて、理由を教えてる暇はないし、あなたたちには理解できないわよ。」

「は、はいかしこまりました...。」

「知床にセーフハウスがあったわね。一度そちらに行きましょう。こちらで動かせる武力は可能な限り私たちの護衛につけて。」

「お嬢様、せめてお召し物を...。」

「いえ、そんな暇ないわよ。それにこの姿の方がパパに説明するのも楽に済むわ。5分あげるから早く仕事しなさい。あと輸血は車内で受けるから。さあ時間を無駄にしないで。」

 すっかり赤く染まり切った部屋着。

 そんなことは些細な事。

 これから起きること、起こすことに備えなければいけない。

 あの唯一無二の「特権」が意思のある姿になる知ったのは恐らく私だけ。

 そして「彼」にとっても最初に認識した「意思を持つ器」は私の筈。

 つまり彼はわたしの姿を真似て生まれ落ちることになる可能性が高い。

 真城吉儀、パパにはとりわけこれから生まれ落ちるであろう彼の面倒を見てもらわなければ...人選としては癪に障るが、これ以上の適任もいないだろうし...はあ、むかつく。

 パンパンと手をたたくと、言葉では従いながらも未だ呆気に取られていた召使たちが慌てて動き出す。


 鼻歌を歌いながらスキップする彼女。

 覚醒しきった眼で何かを探しながら、赤く染まった白い服からはまだ乾いていない血が床にまき散る。


 そこにあったのはようやく本当に全ての才を持ち得た少女が夢中になれるものを見つけた姿だった。




 そして3か月後。

 東京、首相官邸近くの真城家屋敷にて。

 首都で起きた能力者と暴徒を含んだ大規模な暴動の最中。

 彼女はまだ会ってすらいない、そもそも自分を好きになってくれるかもわからない「理想の王子様」の為にその全知も命も躊躇なく投げ捨てた。


 全ては彼に相応しい存在になる為に。



 ここは原初の世界。

 あらゆる異世界の元となる世界。

 世界が日本だけになり、人々が特殊なコードを手に入れた世界。


 そして「存在する全てと存在しない全てに願われた自由」が生まれることになる世界


 


  

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