ハレンチ嫌いな生徒会副会長が排卵期にめっちゃ光る。おほっ。
アーブ・ナイガン(訳 能見杉太)
第1話 1999年4月、ピル未承認の国は日本だけ
「ピルを承認していないのは、国連加盟国で日本だけなのです。もう1999年ですよ? 携帯電話でメールができる時代なんですよ? さすがのあなたたちでも、この状況の酷さは理解できますよね!?」
放課後の生徒会室にて。噛みつかんばかりの勢いでまくし立ててくる小さな後輩女子。
何でこんな話になったんだっけ……そうか、次期総理は誰かという議論から小泉純一郎の話題に飛び、彼の厚生大臣時代のピルに対する理解度の低さを、このボーイッシュ元気っ子が批判し始めたんだった。
参ったな、こういう非合理的な時間の使い方は性に合わん。
会長用のエグゼクティブデスクにて俺はため息をつき、隣に立つ黒髪ロングの女生徒に目配せする。
それだけで伝わったのだろう。我らが生徒会副会長、
「
そして、真っ向から言い返してしまった。
全然伝わってなかった、俺の意図。こんな無駄な討論はさっさと打ち切ってほしかったんだよ。朝生でやってろ。
この国の性の乱れを淑やかに憂う大和撫子。その発言に、案の定、夏目はヒートアップしてしまう。小さな顔を怒りで真っ赤に染め、
「はぁ!? ナンセンスです! 女性の健康と尊厳、自己決定権を守るための医薬品を卑猥なもの扱いするんですか、副会長は! 聞きましたか、
結局俺にまで飛び火した。なぜこの二人はいつも議題と無関係なところでバチバチするのだろう。
「あら、私の発言のどこに問題があったのかしら。少なくとも、会長は私と同じ考えよ。ね、会長。そもそも快楽のための性交渉自体に反対のお立場ですものね。ピルなんて卑猥なもの、この国に持ち込むべきじゃないわよね」
そしてなぜいつも俺を巻き込むのだろう。
「はい、アウトです! これは
「勝手に生徒を代表しないでくれる? 桜岡第一高校の代表は、選挙で選ばれたこのお方――私の、間違えた、私達の
はい、いつものごとく逃げ場なし。右と左から詰め寄られてしまった。右側から切れ長の凜とした瞳、左側から意志の強そうなまん丸お目々が迫ってくる。
本心では、目をそらしたい。もしくは中立でも気取って、適当に流してしまうのが楽だ。
だが、そんなことはしない。俺は、選ぶ。
左の――まん丸な方の双眸を真っ直ぐと見つめ返し、
「当たり前だろ」
「…………! 難波会長! ついに、夏目を選んでくれるんですね! あたしの考えをわかってくれたんですね!」
そして。その目を輝かせる、後輩美少女であり、俺の一番の政敵に、キッパリと言い切ってやる。
「わからん。全くわからん。俺は葉月の意見に賛成だ。全面的にな。これ以上、若者の貞操観念を低下させてどうする。ましてや、校内の不純異性交遊を取り締まるべき俺たち生徒会が、ピルなんてものを認めるわけないだろ」
「会長……! さすがだわ! 一生ついていきます……!」
感極まったように声を震わせる深淵の令嬢、大地主の長女。うん、一生はついてくるな。
一方の政敵さんは、その小さな体をわなわなと震わせ、
「最っ悪です! この男尊女卑生徒会!
捨て台詞を残して、飛び出していってしまった。
ここまで完全にいつも通りのパターンである。七三は別にいいだろ。いいよな? 七三は、時代遅れじゃないよな……?
*
「ね、ところでさ、哲也。ぴるってなに?」
「……知ってて聞いてるだろ」
応接用のソファでうつ伏せになり、会長机の俺にニマニマ顔を向けてくる日焼け女子。
昔から俺をいたぶるとき特有の性悪スマイル。亜麻色がかったミディアムヘアから覗く両目が、意地悪げに細められている。
葉月と夏目の論戦中には猫被って大人しくしてたくせに……風紀に厳しい葉月が席を外した瞬間にこれだ。
「えー、
あ、やっぱ猫じゃなかったわ。犬がしっぽ振るみたいに脚をバタバタさせてやがる。ほんっと俺をからかう時のこいつって楽しそう。
「経口避妊薬だよ。新聞呼んでねーのか、お前」
ついに日本でも承認間近かと、マスメディアでも話題になっている。相変わらず反対派の勢力も強いが。
だというのに、この元コギャルはわざとらしく口を押さえて目を見開き、
「えっ、飲んでるだけで避妊できちゃうってことー?」
「やっぱ知ってんじゃねーか」
「知らないしー。ね、バカな元コギャルの麻衣ちゃんにもわかるよーに、もっとちゃんと説明してよ?」
「お前めっちゃ成績いいだろ」
「あ、いっけないんだー、『めっちゃ』なんて言葉遣い、葉月ちゃんに知られたら怒られちゃうよー? あはっ♪ ねーねー、ピルで避妊してるってことはー、何ができちゃうってことなのかなー? さっき哲也と葉月ちゃんたち、性が乱れるとか言ってたよねー? どーゆー論理?」
「うるせぇな……わかるだろーが」
俺の幼なじみ、
「だから夏目も言ってただろ! ピルがあることで、女性自身が避妊をコントールできて、ひいては女性の社会的・精神的自立に――」
「あはっ、生でヤれちゃうってことだよ……♪」
耳元で、愉悦たっぷりに囁くのであった。
「おまっ……、だからそういう捉え方が……」
「うぷぷっ、何それ。だってそーゆーことじゃん。生えっちなら、スキンなんて着けるよりも、めっちゃきもちーんだよ? めっちゃめちゃ中出ししほーだいってことなんだよ? ……試してみよっか……?」
「は、は、は、はぁ!? お前、何言って……麻衣、やっぱそういう経験あんのかよ……」
「あっはーっ♪ うっそー♪ 麻衣ちゃん、童貞とか包茎とか無理だしー♪」
「こいつ……!」
パッと離れて爆笑する麻衣。元コギャルの生徒会書記。ほんっと、この女……! ほんっと、これもいつものパターン。またからかわれた。
まぁ、葉月の前ではやらない分別があるからギリ許せるが。葉月にこんな動揺しまくりの俺なんて見せらんねぇからな。
「すまない、二人とも。一応わたしがいることも忘れないでくれ」
しかし、そんな俺たちに、思いがけない方向から落ち着いた声が届く。
そうだった。ここ二週間は生物部での新入生勧誘で忙しそうだった生徒会会計が、今日からこちらに復帰してくれていたのだった。
小柄な彼女は部屋の隅でデスクトップパソコンに向き合ったまま、表情も変えずに続ける。
「いつものじゃれ合いは構わないのだが、さすがにこれ以上、難波の個人情報を聞くわけにもいくまい」
「すまん、
「もちろんだ。ついつい総会での全校生徒配付資料に、難波の身体的特徴に関する二文字を打ち込んでしまったところだが、後で修正しておくから安心していい」
「頼むから今修正してくれ。あと正しくは四文字なんだ。ちゃんと剥ける」
「仮性包茎、っと。修正しておいたぞ」
こんな会話ですら、ポニーテールを一切揺らすことなく、整った顔を一切崩すことなくこなしてしまうのが、我らが生徒会会計、
ちなみに葉月の従姉妹でもある。涼しげな目元なんかは確かに似ているのかもしれないな。
「あはっ♪ 文ちゃんってクールだけど意外と冗談とか言うよねー。葉月ちゃんと違って一緒にいても気楽だからいーわー」
「まぁ、そう言ってやるな、白峰。京子のように芯が通った女性というのも尊いではないか。しかし今の話を聞くに、やはり難波の本音は別だったか」
「は?」
またもや、話の矛先が俺に向いてきた。ポニーテールの先は未だ同じところを向いたままだけど。
文はキーボードを叩く指を止めることもなく、
「本当は、経口避妊薬承認という夏目の意見の方が合理的だと考えていたのだろう? ただ、自分の考えよりも、葉月の立場を後押しすることを優先したわけだ、君は。なぜなら、あんなクローズドな討論会で正論を述べるよりも、部下からの信頼を勝ち得ることの方が長期的には合理的な選択だからだ」
「……怖いんだよなぁ……文の読心術……」
「何を言う。君が分かりやすいだけだろう」
「ほんとそれー。普通に麻衣にもわかってたしー? あえて童貞君をからかってみただけだしー?」
嘘つけ、こいつ。だいたい、そんくらい勘悪いくらいの方が正直可愛いしな。
文は鋭すぎてちょっと……
「ま、そこまで合理性に割り切れる君もまた、わたしは尊いと思うぞ。率直に言って好きだ」
うん、やっぱちょっと可愛いわ。グッとくるわ。ピクリとも表情変えずに仕事しながらそういうこと言えるのカッコいいわ。
「……ウケるー。やっぱ文ちゃんの真顔冗談は面白いなーっ」
「そうか。白峰に笑ってもらえるのならわたしも嬉しいぞ」
なんっで麻衣の機嫌には鈍いんだよ、文。こいつがウケると言ってるときは全然目が笑ってなくて怖いんだぞ? 全然可愛くないんだぞ? いや、嘘。ほんとは怖いときも麻衣は可愛い。絶対本人には言わねーけど。
とにかく、こんな才女ばかりを生徒会執行部に揃えてしまったのも、全ては再来月の生徒総会で夏目に勝つため――すなわち、奴が提出した議案を否決に追い込むためなのだ。
それが叶わなかった場合、俺はただ単に校内四大美女のうち三人を指名して生徒会ハーレムを作り出しただけの、ドスケベ無能生徒会長としてその名を残すことになるだろう。
うーん、そんな惨劇だけは何があっても避けねぇと……!
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