第12話
和田バレエ団の20周年記念コンサートの眠れる森の美女の練習がスタートした頃、私はとても大きな壁にぶち当たることになった
ラストのグランパ•ド•ドゥの部分で彩子先生から指摘を受けたのだ
『真ー穂ー!もう、技術とか、それ以前の問題よ?ラストのグランパ•ド•ドゥは、女の子の憧れ。お姫様と王子様が幸せになっている場面なのに、そんな怖い顔しちゃダメ!
幸せ感を表現できないと!好きな人と結ばれたのよ?』
先生の言っていることが、私はわからなかった
好きな人?
そんなものはいたことがない
普通の子はいるっていうもんね、よく、クラスでも、女の子たちがそんな話をしてるもん
わたし、人を好きになったことがないのかもしれない
わたしの人生にはバレエと母からの評価しかなかった
それ以外なにもない人生を歩んできた
人を好きになるとはどういう気持ちなんだろうか
わからない
その途端、自分の踊りに急に自信がもてなくなった
私は壁にぶち当たったのだ
その日のレッスンの帰りは、そんなことばかり考えて歩いていた
すると、何かにぶち当たった
顔をあげると祥太がいて、私はびっくりする
『どーした!天才バレエ少女!下向いて歩いたりして』
『い、伊勢くん!』
『ひょっとしてスランプ?』
『え、あ、う、うん......』
『何何?話してみてよ』
『え?嫌だよ。恥ずかしいじゃない』
『解決できるかもしれないじゃん!また、ファミレスでもいこうぜ?』
祥太が言うと、なんだかそんな気もしてきた私は、半ば強制的に連れてこられたファミレスで今日あったことや、今までのことを話した
『人を好きになったことがないか...』
『うん。そんな人生だったんだなぁって悲しくなってきちゃって』
『......これから好きになればいいんじゃないかな?』
祥太はすごく簡単に言う
『これから?』
『だってまだ、バレエ公演まで3ヶ月あるんだろ?明日、誰かのことを好きになるかもしんないじゃん!』
『そんな強引な』
『長谷川さん、本当最近クラスのみんなと話ししたりできるようになってさ、いろいろ楽しそうじゃん?
少し目を凝らしてみるとさ、いろんな発見ができるんじゃない?世界が広がるっていうか。
今までのこと悩んでいても仕方ないじゃん。
前を向いて、いいことをもっと考えたらきっと楽しくなると思う。
人生も。バレエも。』
祥太に言われて、自分がどれだけ後ろ向きに考えていたのかを思い知る
バレエのことも
人生も
『これから...か。ありがとう。伊勢くん』
何故だか涙が出てきた
『な、なんで、泣くんだよ!』
『だって、なんかさ、苦しくって。私、バレエが好きなはずなのに、なんか、好きなのに......最近ずっと楽しくないって思ってて.......』
『本気で取り組んでるからだよ。真剣にやってるんだよ。長谷川は。だから苦しくなるときだってあるよ』
『真剣.....?』
『そうだよ、真剣。でも、ちょっと肩の力抜いた方が良いんじゃない?なんかあったら、相談してよ。もう友達だろ、俺たち』
『友達...』
祥太に言われて私の涙が止まった
友達すらも、今まではまともに作ったことはなかった
バレエで苦しくってもいつも一人で乗り越えてきた
だけど、祥太の言葉にこんなに励まされている
優しい言葉がずっと抱えてきたものを軽くしてくれているような気がしている
心が暖かくなっていることに気づいた
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます