AVOCADO
路輪 一人
第1話 Intro
ティエラサングレの荒野を真っ直ぐに突っ切るルート67、ルナロハとデ・ラブリオを結ぶ数百キロの砂道の真ん中で、一台のロッドスターが煙を噴いていた。車の所有者であろう白い髪の長身の男は、仕立てのいい背広を脱いでシャツの腕を捲り上げている。ボンネットをこじ開けた後、もうもうと立ち上る煙に白い肌を焼かれて空を見た。ティエラサングレの照りつける太陽が、彼の丸いサングラス越しに挨拶をする。ああ、神よ。信じちゃあいないがこの仕打ちは無いぜ。
赤いロッドスター、細く流れる流線型の車体は『空の線』を感じられるようオープンカーの仕様になっていた。ギラギラと宝石の様に輝くフロントガラスのフレームの奥、助手席に埋もれる様に小さな女が座っている。照りつけるソルの光をものともせず彼女は無心で手の中の小さな機械で遊んでいた。板状の通信機とは名ばかり、彼女にとっては暇つぶしの道具なのだろう。
煙を片手で払いながら、白い髪の男が助手席の女に呼びかける。
「ヘイ、ローズ!お前水持ってねえか。ラジエーターがイカれてやがる」
携帯機から目を離さず彼女は冷たいそっけない声色で彼に答えた。
「だからさっき言ったじゃない、水は買わないの?って。こんな砂漠『アラジン』なら一瞬で突っ切れるって言ったのは誰なのよ」
「こんな気温になるなら買ってたさ。畜生、あの店主一言くれりゃあ良いものを。大体ツラから気に入らなかったんだ、あいつは最初からすけべな目でお前を見てた」
「そうやって話を逸らすのやめたら?聞いてて気分が悪いわ」
「OK、確かに俺の責任は一部ある、だが一部はあの店の店主にもあるし、そもそもだ、俺達の頭の上でふんぞりかえっているあいつの責任はどうするんだ?」
じろり、とローズは車外の男を睨みつけた。全く口だけは達者なんだから。口と顔と家柄だけ。それ以外に褒めれるところがない。
「撃ち落としたら?」
視線を携帯機に移して少し伸びた爪で画面を弾く。水がない事より、車が動かない事より、直射日光を遮る車の屋根がない事より、ローズ・パーカーにはパズルゲームの勝敗の方が重要だ。
答えなくなったローズの姿が激しい日光の中で輝いていて、白い髪の男、バロン・クラウドは顔を顰めて光を避けながらも両手を広げ彼女に再度何かを訴えかけようとした。ヘイ!続く言葉が出ない。そうしている合間にも、彼の美しい白髪の奥から汗がゆっくりと滑り落ちてくる。どうしたものか、とうめく様に顔を伏せたバロンが、突如顔を上げ車内のローズに背を向けた。股間の辺りを弄り出した気配に気づいたローズ・パーカーが怪訝な顔で彼に声をかける。
「………何やってるの?」
スキニーパンツに包まれた棒の様に長く細い足を開き、腰を前に出したまま、バロン・クラウドは顔だけを彼女に向けてこう答えた。
「ああ?小便だ。さっき飲んだサングリアが降りてきやがった。正に神の恵みだぜ。これだけの量がありゃあエンジンだって再構成できる。ベイビー、お前の分がありゃあ更に快適な旅が出来るぜ」
喉奥でうめく様な声を出しながら、ローズ・パーカーが大きな瞳の中の黒目をグルリと回した。携帯機を放り投げた手の中には周囲にイバラの装飾がなされたサブマシンガンが握られている。銃口をバロンに向けた彼女はその実に軽いトリガーを引いた。快いパーカッションが周囲に響く。バロンの隣に立っていたサボテンが銃撃を受け、左上の葉が欠け右下の葉は吹っ飛んだ。その傷跡から真っ赤な樹液が吹き出し乾いた大地を黒く染め上げ溜まりを作っている。
オウ、と声を上げたバロンが、始めた小便はそのまま赤い樹液の行方を眺めている。これだけありゃあアラジンを再起動、動力としての水素も供給できる。ペニスの先にくっついた雫を振り落としてパンツのチャックを上げた。やっぱり神になんて祈るもんじゃねえ。喫緊の問題としては背中にいるだろう女だ。段階で言うと6、いつもよりは少し機嫌が悪い。言葉を選んで接しなきゃ最悪ケツを蹴り上げられる事になる。
先ずは背を正す事だ、それから声は低めに。ゆっくりと刺激しない様優しい声で。冗談だよベイビー、いつもの事だ。お前が難しい顔をして顔を扇いでるなんて俺にゃあとても耐えられねえ、笑っててほしいんだよベイビー、わかってくれるだろ?よし、これで行こう、と踵を返した瞬間、バロン・クラウドのスキニーパンツから電子音が鳴った。再び機を外されたバロンが、五月蝿そうにポケットに手を突っ込む。
「誰なんだこんな時に」
ぼやきながら取り出した携帯通信機の通話ボタンを乱雑にタップして、おざなりの受け答えを通話相手に吐きつけた。
「はい、こちらウィッチ&グリム駆除専門店―――」
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