花の葬訣
橋立
第1話 奇妙な葬列
あるとき、旅の青年──そうだな仮にマルコと呼ぼう──は奇妙な葬列と出会った。
綺麗に花で彩られた黒い棺を担ぎ、談笑をしながら進む三十人にもなる葬列だ。
マルコと同程度の青年もあれば、老齢の男も女もいる。
人種も様々で、西洋人に東洋人、何処とも知れない国の人間さえいる。
はて、一体これは誰の葬列であるのだろうか? マルコは一つの疑問を連れて、その葬列に近づいていった。
「おい、これは誰の葬列だ?」と、マルコは彼らの程近くまで寄り、叫んだ。
すると、彼らはギョッとしてマルコの方を見た。
「一体、君は誰だね?」と、老齢の男がマルコとに叫び返す。
誰、と問われようがマルコには答えるべき素性はない。
名も持たなければ、何処の国籍も有さない、惨めな棄児であるのだから。
マルコは困り果て、その末に適当な叫んだ。「私はマルコ、宣教の旅をしている」
勿論、名前も嘘であるが、宣教も嘘である。彼は筋金入りの無神論者である。時には、教会の焼き討ちにすら参加したことのある男だ。
しかし、この度は神の使徒を偽っている。葬列を創るのだから、彼らの信心は相当に強いのだろう、と思われたのである。
さて、マルコの虚実を聞いた葬列であるが、彼らはその顔をほころばせ、先程と同じ老齢の男が叫んだ。「宣教師の御方でしたか。何処の宗派かは分かりませんが、よくぞこのような辺境までいらっしゃいましたね。さぞ長い旅であったでしょう」
マルコは、何の疑いもなく嘘を信じた馬鹿どもに、これはしめた、と笑いを抑えながらも叫んだ。「嗚呼、何年も旅している。海を越え、山を越え、この地に参った。……それで何だが、ここいらに大きな街はないか?」
「大きな街ですか、そんなものはありませんよ。此処は辺境も辺境。あるのは墓であったり、かつての遺跡であったり、過ぎ去った栄華だけで御座います」
「ほう、そうであったか。では、君らの葬列に同行してはならないか? 少々、一人旅にも飽きてしまってな」
「宜しいのですか? こちらとしては一向に構いませんが、貴方には使命があるでしょう?」
繰り返される問答の中、マルコは確信を得た。押せば要求を通すことが出来る、と。
マルコの要求であるが、それはたった一つに過ぎない。彼らの葬送に同行することだ。
先程も言ったが、彼は一人旅に飽きている。
彼は記憶にある限り、ずっと一人で旅をしているが、それでも案外飽きは来るものだ。それも、稀代の飽き性のマルコならば余計に。
彼は、既に何年も前から一人旅に飽きている。
もし誰かとともに旅をする機会があったのならば、それに勢いよく飛びつく以外の選択肢はあり得ないだろう。現に飛びついている。
「いや、これも使命の一環だ。迷える仔羊……君達は、迷っているようには見えないが、仔羊と行動するのも一種の神への奉公だろう。違うか?」と、マルコは適当な言葉を並べた。
老齢の男は、多少悩んだ様子であったが、棺の方を一瞥するとマルコに言う。
「おお! それはありがたい。貴方様に感謝を」
自身の直感が正しかったことに、嬉しさを覚えながらもマルコは言う。
「それは良かった。こちらこそありがたい。それで、聞きたいのだが、これは一体誰の葬列なんだ?」
すると、老齢の男は再度棺を一瞥し、懐かしむように言った。
「とてもありがたい、尊い御方で御座います」
マルコとしては、一体どんな人間であったのかを知りたかったのだが、行こう押し黙った老齢の男からは、それを聞けそうにはなかった。
「ほう、そうか……」だのと心中にて溜息をつきながら、祈るように手を合わせる。勿論これも何時か見た信者の見真似であり、彼には正しい作法など分かるはずがなかった。
しかし、彼の周りに居る三十人にもなる集団で、それを指摘する者は居なかった。
それは単にマルコを宣教師、神の使徒であると信じ込んでいるのか、それとも端からそれが何の意義も有さないことを知っているのか、それは誰にも分からぬことだろう。
何十分かの間、無駄な祈りを続けた後、マルコは老齢の男に言った。
「さあ、行こうか。君らの葬送を再開しよう」
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