忘れられた記憶

ひじきの部屋

第一章 恐怖

「おかえりなさい、パパ……」


その声は、暗闇の中から突然聞こえた。小さな声で、しかしはっきりとした響きを持っていた。エリカは瞬時に身を震わせ、その方向を見つめた。そこには、小さな少女が立っていた。長い黒髪が風に揺れ、白いワンピースが月明かりに照らされている。


「誰……誰なの?」エリカは恐る恐る声を出したが、少女は答えない。ただ、じっと彼女を見つめている。


エリカは少女に近づくべきかどうか迷った。しかし、足が勝手に動き出し、次第に少女との距離が縮まっていった。少女の目には悲しみが宿っており、その姿にどこか懐かしさを感じた。まるでずっと昔に知っていた誰かのような気がした。


「どうしてここにいるの?」エリカが再び尋ねると、少女はやっと口を開いた。


「探してたの……ずっと探してたの。お父さんを……」


エリカは胸が締め付けられるような感覚に襲われた。その言葉に何か重要な意味が込められているように思えた。しかし、思い出せない。少女が言う「お母さん」が誰なのか、エリカには思い当たる節がなかった。


「君のお母さんはどこにいるの?」エリカが問いかけると、少女は涙を流しながら答えた。


「ここにはいない。でも、私は信じてる。きっと会えるって……」


エリカはその言葉に深い感情を感じ、少女を抱きしめたくなった。しかし、彼女が手を伸ばすと、少女の姿は一瞬で霧のように消えてしまった。


エリカは立ち尽くしたまま、何が起こったのかを理解しようとした。目の前で消えた少女、その悲しげな声。そして「おかえりなさい、パパ……」という最初の言葉。


その夜、エリカは眠れなかった。少女の姿と声が頭から離れず、彼女の心に深い影を落とした。翌朝、エリカは少女のことをもっと知りたいという強い衝動に駆られ、少女がかつて住んでいたという空き家を訪れることに決めた。なぜ家を知ってるのかはわからなかった。


町外れのその空き家は、長い間誰も住んでおらず、廃墟のような状態だった。エリカは少し不安を感じながらも、家の中に足を踏み入れた。薄暗い廊下を進むと、埃をかぶった家具やぶっ壊れた鏡が並んでいた。その中で、エリカは少女の写真や古い日記を見つけた。


しかし、その瞬間、背後から何者かに強く拘束された。抵抗する間もなく、エリカは何者かによって麻袋を被せられ、力任せに引きずられていった。エリカは必死にもがいたが、相手の力は圧倒的だった。


次に目を覚ましたとき、エリカは山奥の古びた小屋の中に縛られていた。辺りは静まり返り、ただ風の音だけが聞こえた。彼女は何が起こったのか理解できず、恐怖と混乱の中で震えていた。


その翌朝、エリカの失踪はニュースで報道された。町中が彼女の行方を案じる中、警察は急遽捜査を開始した。エリカの家族や友人たちは不安に包まれ、彼女の無事を祈っていた。


数日後、警察は山奥の小屋でエリカの遺体を発見した。彼女の身体は傷だらけで、凄惨な状況が明らかになった。しかし、事件の犯人や動機については何も分からず、事件は未解決のまま…となるはずだった…

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