魔法喫茶の扉を開けば
mii
プロローグ
カランコロンと、軽やかな鈴の音が店内に響く。木造の扉が開かれ、穏やかな朝の光が店内に差し込んだ。魔法喫茶「リリーフル」、ノエルが祖母から引き継いだこの喫茶店は、今日もまた静かな日常の始まりを告げる。小さなお店だが、ここではいつも不思議な物語や、冒険譚が語られている。
ノエルはカウンターに並べられたハーブを見つめながら、今日のメニューを考えていた。祖母から受け継いだハーブの調合技術は、まだ完全には身に付いていないが、来る客たちを癒す力がここにはある。ノエルには、調合師としての素質があり、特にポーションや薬学の分野では他の人よりも鋭い感覚を持っているとよく言われていた。ふと窓の外に目をやると、グリテンモールの石畳の道を歩く人々の姿が見える。朝の穏やかな光の中、街は日常の喧騒とともに静かに目を覚ましていた。
グリテンモール――それは、魔法と日常が共存する街。街中では、たくさんの人が肩を並べて暮らし、魔法の光景があちこちで見られる。ノエルが住むこの街は、日中は穏やかな市場や喫茶店が立ち並び、夜になると魔法市場が開かれる。魔法具やポーション、そして呪文書までもが取引されるその市場は、昼間とは一変した幻想的な雰囲気を漂わせるのだ。
店を開けて間もなく、常連客たちが少しずつやってくる。彼らは日々の悩みや何気ない日常を話しに来るが、時には遠くの街や未だ見ぬ冒険の話も聞かせてくれる。
「ノエル、この前の夜会のこと、聞いたかい?あの有名な魔法使いが新しい魔法の発表をしたって噂なんだ。街の外でも魔法が広がってるってさ。」
「本当ですか?夜の市場は不思議なことばかり起こりますね。私はまだ参加したことがないんですけど…」
ノエルは客の話に興味を持ちつつも、いつものように穏やかな笑顔を見せた。彼女にとって、店で聞くこうした話は、日常を少しだけ鮮やかに彩ってくれるものだった。それらは、ここを訪れる客たちによって少しずつ語られ、ノエルの耳に届く。
数百年前、空中都市「エレシア」が空を支配していたという伝説。大魔法によって都市全体が時を止められ、今もなお空に浮かび続けるというその都市の話は、いつもノエルの心をくすぐった。彼女はその壮大な物語に心を奪われることがよくあった。
「今は誰もその都市に触れられないって言われてるけど、いつか再び動き出す日が来るのかもしれないよな…」
常連の老人が話すエレシアの話に、ノエルは想像を膨らませる。彼女の店に集う人々は、ただの日常の一部としてこの街を歩んでいるが、それぞれの心の中には冒険や夢、そして広大な魔法世界が広がっている。
ノエルは、お店の中でそんな話を聞きながら、いつも心が浮き立つような感覚を覚える。この街に住んでいるだけでも、そこには数え切れないほどの物語が眠っている。それは、彼女がまだ知らない遠い国々や、古の伝承、そして新しい魔法の発見など、果てしなく広がる世界が待っているということだ。
「今日はどんなお話が聞けるんだろう…」
自分の心の中に小さな期待を抱きながら、お茶を淹れる準備をする。彼女の店「リリーフル」は、昼間は静かで落ち着いた空間だが、ここを訪れる客たちが語る話は、時に彼女を遥か遠い世界へと連れ出してくれる。
この街の外にはまだ見ぬ広大な世界が広がっている。空中都市、海底に眠る神秘的な都、遠くの国々で繰り広げられる壮大な魔法実験…。ノエルがこれまで聞いた物語は、どれもが広大な世界の断片であり、彼女の心を旅させてくれる。
今日もまた、そんな遠い世界の一端に触れることを期待している。そして、いつか自分自身もその物語の一部になる日が来るかもしれない。今はまだ店で聞く話に胸を躍らせているだけだが、広い世界には、まだまだ知らないことがたくさんあるのだ。
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