第32話 Love Injection


 今日の綾乃は普段よりも母性に満ち溢れている。黒のランジェリーに身を纏ったみをまとった瞬間に綾乃のスイッチが入ったのかもしれない。


 綾乃がしゃがむ。それを察した亮介が床に仰向けになる。


 綾乃のうなじに一樹の右手が伸びる。

 強制的にさせられる悦びよろこびの方が綾乃にとっては大きかった。

 

 きつい体勢でいた疲れもあり、綾乃はダイニングのカーペットに横たわった。正確には、一樹に仰向けにさせられたのだった。


 複数プレイで避けては通れない壁となるのが、男性同士の間接キスだ。一樹は、この流れならば当然そうなると予想はしていたが、いざ現実となるとなかなか抵抗感があるものだ。せっかくの下着が惜しかったが、一樹はスルスルと脱がしてしまう。それでも、未練がましく鼠蹊部そけいぶあたりで寄り道していると、突然綾乃の両手が一樹の頭を押さえつける。

 一樹は完全に吹っ切れて、綾乃を無我夢中で舐めずり回したのだった。



「綾乃さん……すごく綺麗だよ……今日の下着ほんと似合ってる……この世のものと思えないぐらい……」


「嬉しい……勇気出して……買ってよかった……」


 声質に芯が出てきたのは綾乃にからだった。


「……一樹」


「うん、綾乃……綾乃……愛してる……」


 亮介とのキスはまだ続いている。


「これからはね……同じ屋根の下でみんなで暮らすのよ……」


 綾乃が亮介の耳をてのひらで触りながら優しく言葉をかけた。

 

「……そうなんだね……うん……一緒に」


「そう。だから、いつでも……仲良しできちゃうね……」


 綾乃のトロンとした目の焦点が合わなくなってくる。


「一樹ちゃん」


「綾乃……綾乃……」





 

「そんなの……付けなくていいのよ」


「え……?」


「亮介も、中に全部……」


 亮介は一瞬、綾乃が別人のように見えた。

 一番最初の寝取られの日のこと。その時とは綾乃も変わったし、三人の関係性も全く異なってしまっている。


 確かめるような気持ちで一樹の顔を見る。一緒に引っ越すと言ったさっきと同じく穏やかな表情。そして、大きくうなずいた。



「綾乃さん……俺……」


「いいわ……亮介ちゃん……」


 ガーターベルトが映える腰回り。脚の形の美しさをより際立たせるストッキングと相まって大人の女性の淫靡いんびさを溢れあふれさせている。



「綾乃さんが欲しい――」


「あたしも……よ……」



 目の前で、妻が愛のやり取りを繰り広げている――他の男と。

 一樹は、身体が熱くなるのを実感する。目の前の一樹の様子を見て驚く綾乃。


 亮介は呪縛じゅばくが解けたかのように激しくなる。綾乃は目を見開いて涙目になる。


(――! ――! ――! ――! ――! ――! )


 口を塞がれたままの絶叫に次ぐ絶叫。鼻息も荒くなるが二人の男は許してくれない。一樹にとっての箱入り娘ならぬ箱入り妻の綾乃。その変わりっぷりを振り返りながら目の前の絶景を眺め、感じ入っていた。それもこれも、全てはあの日から始まったのだ。



 「綾乃さん……」


 肌を密着させたままの亮介。ようやく出し切り、背中から綾乃を抱きしめる。



 一人の女をめぐる男二人の争いがここにはじまった。 

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綾乃と亮介 1  私たちが部屋を借り直した理由 宿羽屋 仁 (すくわや じん) @jsrm

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