第18話 「すごい世界だね、寝取られって」

(俺、なにやってんだろう――)


 傾き始めた土曜午後の光はやがて赤みを帯び、晩に向かっていることを教えてくれる。西日の差す部屋で一樹は放心状態だった。ホテルまでの全力疾走、振り回された情念、バッテリーが死にかけの携帯電話、自分からは決して見ることのできない綾乃と亮介だけの密室――。そうした要素がに囲まれて縁取られる円弧の中心に在るものはなんだろうか。


 メールを受信する音が鳴る。


(晩御飯、買って帰るね)


 綾乃だった。普段のやり取りのような内容。添付画像は無い。


(そうだった、晩飯っていろいろ俺がいろいろ用意するつもりだったんだ)



 ◆




「なんかちょっと可哀想なことしちゃったかも……」


 綾乃は、亮介の腕枕の中でため息混じりに呟いた。


「うーん。普通に考えればそうだね」


「え、どういうこと?」


「まず、寝取られって趣味、普通じゃないっていうか、アブノーマルじゃん。で、それの何が嬉しいんだろうって想像してみたらね、たぶん今日みたいなのってことだと思ったんだ」


「……今日、みたいなの……?」


「そう。綾乃さんを他の男に抱かせるだけでも心が痛むと思うんだけど、一樹はそれで興奮するカラダになってしまったわけでしょ」


 亮介は、天井を向いた仰向けから綾乃の方に身を起こしながら言った。


「うん。あれ以来、すごく求められるようになったっていうか……」


「そうだよね。しかも今日は隙間から覗いたりできないわけじゃん。この前の感じなら、一樹は綾乃さんの様子を見たいもんじゃないのかな?」


「たしかに」


「でしょ? 俺も最初全然意味わかんなかった」


「あたしもわかんない。……え、最初ってことは今は意味がわかるってこと?」


「まあね。合ってるかわかんないけど、いろいろ考えた結果、消去法的にそれっぽい答えが……なんとなく」


「消去法的に?」


「そう。一樹は、一樹のいないところで綾乃さんがどんな風になるかを知りたいんじゃないかなと思うんだよね」


「え……? あ……でも、なんか少しだけわかる気がする……かも」


「少しわかる気がする? じゃ、ちょっと補足するね。一樹がいない状況で綾乃さんの様子って、本人がいたら体験することは不可能でしょ?」


 ごく当然の論理だった。同じ部屋や建物の中にいるということはお互いに存在を認識できるし、大なり小なり意識せざるを得ない。つまり、綾乃も寝取る男も自らを解放しづらいわけだ。だからこそ今日みたいな貸し出しプレイという環境装置が必要なのだ。


「すごい世界だね、寝取られって」


 他人事のように言う綾乃のリアクションがシュールに感じられて亮介は笑う。つられて綾乃も笑う。


「そろそろ行こっか。一樹にメール送っとくから、晩御飯一緒に買って帰ろ?」


「そうだね」


 満面の笑みで目を合わせながら亮介は綾乃の上になった。


 「んもう……ほんと元気なんだから」 

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