第二章

第12話 2つの嘘

 綾乃は一樹に嘘をついていた。


 あの夜、亮介には5回抱かれた。


 そのまま伝えると一樹はきっと傷つく。決してのだが、多くてもせいぜい2回。むしゃぶりつかれるように求められたこともほとんど記憶に無い。そんな生活を送ってきた綾乃にとって、亮介はこの上なく逞しくたくましく頼もしかった。


 そして、もう一つ。


 バスルームで、綾乃は亮介を迎え入れ、受け止めた。


 亮介が浴室に乱入してきたのは衝動的だったのか、あるいは意を決してのものだったのかはわからない。ただ、綾乃にとってはどちらでもよかった。亮介の求めに応じることが至極自然なことのように感じた。


 喉が震えない、吐息だけのため息をつく。


 (この部屋で、あんなに……)


 ソファーに寝そべった綾乃の視界の隅に隣室が飛び込んでくる。普段は取り込んだ洗濯物を置いておくことぐらいにしか使っていないこの部屋が、今は随分と違って見える。おかしな話だが、部屋を見るだけで綾乃は潤んでしまうようになった。あの夜で、綾乃はちょっとだけ変わった。

 

 一樹から携帯にメールが届く。


(仕事終わったらすぐ帰るね。また連絡する)




 ◆



 (あの夜以来、俺は変わった)と一樹は考えている。


 倦怠期打破のために踏み切った挑戦だったが、結果はそれ以上の副産物をもたらした。綾乃に改めて胸をときめかせることになったし、自分が重度の寝取られ好きだと思い知らされたからだ。寝取られのどういうところに興奮するのかはまだよくわかっていない。しかし、その余韻はまだ続いている――。


(とにかく綾乃が欲しい)


 一樹は平日でも休日でも、綾乃を常に求めるようになった。そんな一樹は寝取られという世界により深く踏み込んでいくうちに、もう一つの危険な遊戯について知ることとなった。


 貸し出しプレイ――。

 

 想像するだけで息が止まり、

 瞬きまばたきも忘れてしまう。

 軽い吐き気さえ覚える。




「綾乃……、亮介と二人きりでデートするのって……どう……?」


「え、一樹はいないの……?」


「うん。俺は行かない。その代わり……帰ってきたら……あいつとどんなだったかを……教えて欲しい」


 一樹はそう言って綾乃に微笑むと、重力に任せて頭を枕に落とした。

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