第4話 2人+1人の世界

 亮介にしてみれば降って湧いたような話だ。実の夫――それも親友だ――の面前でという言い知れない不安はあるものの、憧れにも似た感情を持っていた人妻を抱くことができるなんて。それも夫に請われて、だ。


「おいで……」


 両手を広げて迎え入れる。(恥ずかしい)と言ったか言わないかのうちに胸に飛び込んできた綾乃。その腰と肩に、亮介は恐る恐る腕を添わせる。不思議なことに初めて抱き合った感じがしなかった。それはこれまで亮介の脳内で何度もしてきた妄想のおかげだったのかもしれない。


「なんか、すごく嬉しい……」


「そんな、照れちゃうよ……」


 一樹に見られている手前、あまり饒舌にはなれなかった。それでも自然と言葉が紡ぎ出されてしまう。想いが喉を通ってじわじわと溢れてくる。


「綾乃さん素敵だなって、ずっと思ってた」


「え……?」


 驚きを隠せずに固まった綾乃を今度はぎゅっと抱きしめる。逃がさない、そんな意思さえ感じさせる力強さとは裏腹に、亮介は優しくそっと口づけをする。十秒ほど経ってから、綾乃の背中が弛緩し、首の力もすっと抜けていく。日中にはあまり耳にしない綾乃の声が隣室の一樹の耳にも届くようになる。


「……ぅ……ん……」


 亮介の肘から二の腕にかけてを綾乃の手がゆっくりと上下し、密着度は高まっていく。もう二人には一樹が見つめていることを考える余裕は無く、目の前の相手にそれぞれが集中し始めている。


 亮介は綾乃のサックスブルーのカーディガンの襟を優しく掴み、素早く剥ぎ取った。


 軽い悲鳴のような声とともに、綾乃の腰がビクついた。ずっと目をつぶっていたことに気がつき、瞼を上げると潤んだ綾乃の瞳が飛び込んでくる。薄明かりの中、いつくしむような表情をたたえる綾乃。亮介はゆっくりと、大切そうに彼女を横たえた。

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