第2話 襖の隙間から

 近隣のビルの屋上看板の光がレースのカーテン越しに6畳の部屋をうっすらと照らしている。それとは反対方向の一条の光は、襖の隙間から覗いている一樹がいるリビングからだ。緊張する亮介と綾乃は、立って抱擁したままほとんど動けないでいる。呼吸が荒いのは興奮しているからではない。


 理由は違えど、それは一樹も同じだった。望み通りの展開になったのはいいのだが、実際に体験してみると、深呼吸はおろかうまく息を吸うこともままならない。後悔のような念も胃の底あたりにじんわりと滲んでくる。


 本当にこれでいいのだろうか。止めるなら今か? 綾乃が本気になったらどうする? 


 冷静だったはずの自分と、今の自分との乖離かいり


 一樹にとってこういう事態は何年ぶりだろうか。業務では入念な資料作成と綿密な調査を行い、客観的な視点でインサイトを導き出すと、あとは一気呵成に顧客の課題解決に邁進まいしんする。スタートでよほどの勘違いでも無い限りはギャップなんてものは発生しない。丁寧に一つ一つを見つめていけば、始まりの時点で全体像が頭の中に出来上がる。想定外なんてあり得ないのだ。


 ところが今は違う。想定外どころではない。慢心。想像力の欠如――。様々な思いを巡らせたのち、顔を上げて声をかけようとした一樹の目に、二人のキスが飛び込んできた。


「……ん……」


 いつもより低い綾乃の声がかすかに聞こえた。刮目かつもくする一樹の胸の鼓動が激しくなっていく。妻が自分以外の男に唇を奪われてしまっている――。自分で言い出しておいてなんて言い草だろうか。それはわかっている。わかっていはいるのに、一樹はこんなにも戸惑ってしまうのだった。 


 唇同士がたわむれているような音が聞こえてくる。一樹は自分が興奮していることにやっと気付く。頬の肉が軽く痙攣けいれんする。

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