私たちが部屋を借り直した理由

宿羽屋 仁

第1話 突然の相談

 ある日、友人夫妻の部屋に泊めてもらえることになった。マンションは亮介の自宅から徒歩10分程度の近さで、時々何かのイベントの後に寄ることはあったが夕食に招かれるようなことはなかった。食後のゆったりした雰囲気の中で思い出話や知られざるエピソードといったようなネタも尽きてくる頃、軽く深呼吸した一樹が真剣な眼差しで亮介の方を向いた。


 「お前、寝取られってわかる?」


 「え……?」

 (もちろんわかる。ただ、いきなりすごいワードを、しかも清楚を絵に描いたようなこの清楚な奥さんの綾乃さんの前でよくもぶちこんできたな……。)

 明らかに動揺する亮介の姿は想定内だったのだろう、慌てずに一樹が言う。


 「大丈夫、綾乃もちゃんと理解してる」


 亮介にしてみればだいぶ想定外だ。綾乃に目をやると、テーブルに目を落としてうつむき加減でいる。怒っている様子ではないし、あたふたしているわけでもない。ただ、顔は真っ赤だ。


「え、いやあの……もちろんわかるけど……」


 頭をポリポリかくと指先が頭皮の汗を感じた。一樹の目はまるで俺を射抜くかのように強く、心を見透かされているような気さえする。たしかに風呂場で体を洗いながら綾乃のあらぬ姿を妄想したのは事実だ。初対面から気が合ったし、そもそも女性として好きなタイプだ……顔も身体も。そんな、亮介の綾乃に対する劣情が顔に出ているぞといわんばかりに一樹の口から飛び出した言葉は、亮介の予想を遥かに超えたものだった。


「もしお前さえよければ、綾乃を抱いてもらえないかな」

「…え? ぇ、ぇえええええええ⁉︎」


 腰が抜けそうな亮介に構わず、一樹が続ける。


「寝取られプレイが倦怠期気味の夫婦のカンフル剤みたいな刺激になるって聞いたことない? で、俺ら夫婦もちょっと過激なことしてみようかって思ったんだよね」


 未婚の自分にはマンネリ夫婦の性生活がどのようなものなのかはわからない。それに、この二人が倦怠期に入っていたなんて知る由もない。ましてや寝取られなんていう特殊な趣味というか嗜好は都市伝説的なものだと考えていた亮介にとって、腰を抜かさんばかりのオファーだった。


「…綾乃さんは嫌じゃないの? そして、俺が相手でも大丈夫?」

「…うん」


 頬を一段と赤らめて声を絞り出す綾乃。初めて見た時からだが、これほど女性らしくて清楚な女性には出会ったことがない、と亮介は感じていた。


「綾乃自身、あまり経験が無いのもあるけどちょっと奥手なとこがあるんだよね。まぁそれがまたかわいいんだけど」

「うん……なんかわかる」

「だから、猟奇的なことやなまとかはしないでおいてね」

「もちろんもちろんもちろんもちろん」

 もちろんを4回も繰り返してしまうほど、亮介は前のめりになっていたのだった。

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