ハグして♥️一升瓶

彩 としはる

第1話 プロローグ

「ユキとやら、お主が奴とうつつを抜かしておった間に、お主の息子に取り返しのつかない事が起きてしまった…。」

上座から、白州の蓙の上に正座するユキに対して、厳しい口調で問い掛ける男性は、念を押すように言葉を続ける。

「その事実に相違ないな?」

ユキは、両手を地面に着き、頭を深く下げ、

「はい。間違いありません。」

その様子を見て頷いた男性は、

「では、沙汰を言い渡す。とは言っても、町人ユキよ。仮にわしが、お主に死罪を申し付けたとしても、現世での償いだけでは、到底お主の息子は浮かばれないじゃろう。よって、永世市中引き回しの上、その後に、改めてわしの子孫に沙汰を申し付けさせよう。」

「永世…。」

そう呟いたユキは、顔を上げると、

「遠山さま。無知なアタシには、分かりかねます。永世とはおよそ…。」

奉行の遠山は手を顎に当て、擦りながら、

「そうよのう…。およそ、」

奉行は立ち上がる。部屋から退室する合図である。側に控えていた者も立ち上がると、遠山は、部屋の横に体を向け、歩み始める。襖の前まで到着すると、控えのものが左右の襖を開ける。ユキの方を振り返りはせぬものの、凛とした辺りに響く言葉で、

「およそ二百年。只し、わしも見届ける訳にはいかぬからな。わしの子孫に子細は任せることとしよう。」

面を上げたままのユキに警護の者が、控えよ!と声を掛ける。ユキは、改めて頭を下げ、奉行が退室していくのを待つ。

「二百年…。」

途方もない年月に想いを馳せながらも、ユキは固く決意する。

(アタシは、この償いの業から、決して逃げない。だから…。アタシの子孫たちよ、貴女たちも決して逃げないで!)


庭に面した廊下を奉行の遠山が摺り足で進んでいる。意外な人物が正面から肩を怒らせて歩いてくるのを見てにやにや笑うと、

「はて、お主の出番は無いはずじゃが?」

足を止めた遠山がそう声を掛けると、

「遠山左衛門尉っ!お主、やりおったな!ユキに死罪では無く、永世引き回しとは、ふざけたことを! いいか、お前の好きにはさせんからな。ユキを餌にアイツを捕らえようとの魂胆だろうが、アイツはわしが捕らえるのだ。覚えておけ!」

そこまで一気に捲し立てた男は、踵を返すと、登場したときと同じようにドスドスと板を鳴らし、肩を怒らせて退出していく。遠山は、そんな南町奉行を見送りながら、

「いずれにしろ…。長き闘いになるやもな…。」

そう呟いた。

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