第51話 ユリちゃんは頭がおかしいが、言うことはまとも。
翌日、おにぎりを握った。
2人もいるかと聞いたら欲しいというので、おかずも入れて作った。
だって男なのにおにぎりじゃお腹が減ったらかわいそうだ。
そしたらなんか馬鹿でかくなった。
「めちゃくちゃ大きいですね!」
「普通のおにぎりの三個分くらいはありそう。おもろ」
「おかずに卵焼きとウィンナー入ってる。でもご飯足りなかったら買い足してね」
でも、五合炊きだから足りると思ったら、驚きの速さでご飯がなくなった。びっくりした。
自分の分は小さくなったけど、まぁ足りるだろう。
お昼
おにぎりは、会社近くの公園でユリちゃんと食べた。
「爆弾おにぎりだ。これって作りやすい?」
「作る時の器が大きいだけで他のおにぎりと同じだと思う」
今日のユリちゃんは水筒にお茶も持っていた。
「朝に作るのえらいね」
「お湯入れてティーパックつっこんで、適当に行く前に引っこ抜くだけだよ」
「なるほど~。体にいいし買わなくていいの便利だね」
でも、朝は三人いるから難しいな。おにぎりも適当なのに、三人になると時間取られたし。
家も、自分が早く帰してもらえてるからなんとか回ってるけど、正直ギリギリって感じだ。
「家族ができると、誰かが家事に回らないとダメそうだよね」
「でも、キャリアなくなるし難しーよね」
ベンチでもぐもぐと食べながら、二人で話す。
「そういえば、クリスマス会さ、うちでやろうよ。トールの母親、出ていくことになったから」
「やったー! じゃあ、金曜とかどうかな。クリスマス一週間前の」
「いいね。予定入れとく」
「ねぇ、ユリちゃん。聞きたいんだけど」
「なに?」
「けっこうさ。若くなくなったら、今まであんまり性……行為とかしないと思ってたけど、そんなことないのかな」
母親と話したときに、男と女みたいな話を聞いて、思わず気持ち悪いと思ってしまった。
それは自分の母親が自分を捨てて再婚したから、そういう気持ちになってしまったのかもしれないけど。
あれから少し考えてみて、自分の考えがちょっと偏見があるなと気付いてしまった。
「いや、普通にセックスするでしょ。普通に大人なんだから。女は40、50代の不倫が多いからね~よく聞くもん」
「そうなんだ? けっこう意外」
「子育てもひと段落して、旦那も相手にしてくれないから外に求めたりとかはあるんじゃない? バレたら悲惨みたいだけどね」
確かに、トールの母親だって、生活が立ち行かなくなってるもんな。
それに、自分だって相手にされなくなったら寂しいとは思うから、そういう気持ちも分からないでもない。
「一度、愛されるって快楽を覚えると、一生依存しちゃうのかな。怖い。呪いみたいだ」
「別に誰かを裏切らないなら依存してもいいんじゃない? そんなのドラマからでも本からでも摂取できるし」
なるほど……心が動かされたら、ホルモンが活性化するから、創作でも大丈夫なんだ。
人間相手じゃないと興奮しないって人は、もう人生を賭けてギャンブルするしかないけど、そんなに数は多くないと思う。
「私は、年とっても生涯現役でいろいろ楽しんでいくつもりだよ」
「潔いな~でも、ユリちゃんが60代で同じこと言ってても、そうなんだ~って思うだろうから、私は偏見があったな~」
「偏見? なんかあったの?」
ユリちゃんに聞かれて、少し考えた後、トールの母親と喧嘩した時のことを話す。
もちろん、中身が入れ替わったこととかは省いたけど、わりとちゃんと話せたと思う。
「それって性的なマウントとセクハラじゃん。最悪」
全部聞き終わった後、ユリちゃんは腹を立てながら言った。
「マウントなんてある? セクハラはさ、言われたらそうかなって思うけど」
「偏見とかじゃなくて、よく知らない年上の人が心理的なラインをすっとばしてそんなこと言ってきたら嫌でしょ」
たぶん、相手は自分の中身が男だと分かってるから、そういうことを言ってきたんだと思う。
おそらく男の身体の中にいた時の自分だったら、今よりは性欲が高いから、会話のラインがもう少し緩いとは思う。
(でも、もう、自分は完全に女になってきてるんだろうな)
「別に、そういうのが好きでも悪いことじゃないよ。寿命も延びるしさ。でも、ラインを探れないのは言葉の暴力と一緒」
「暴力かぁ。なんかユリちゃんに話してスッキリした」
単なるなぐさめかもしれないけど、ありがたかった。
私の言葉に、ユリちゃんはニコッと笑う。
友達に話せるって良いことだなと思いつつ、おにぎりを食べ終わる。
メンタルの問題とかじゃなく、一個でお腹いっぱいだった。
「上田さん」
不意に声をかけられる。
声の方向に顔を向けると、真一さんがいた。
(この期におよんで、また来るなんて、どういう神経をしてるんだ)
せっかくユリちゃんと楽しい話をしてたのに。
不快感で腹が立ってくる。
「話しかけて来ないでください」
「騙したこと謝りたくて」
「謝罪が欲しいわけじゃないです」
どうやって探したんだ。平日なのに気持ち悪い。
謝罪をしたところで、全部が元通りになんてなるはずがない。
もう起きてしまったことは、二度と元には戻らないんだ。
「ね、誰この人」
「トールのお兄さん。私に近づいてきて騙したから怒ってる」
ユリちゃんに聞かれ、素直に答える。
「敵じゃん」
大きな目が、不快そうに歪んだ。
「敵じゃないです。だから謝ろうと」
「婚約者のお兄さんなら、部長に連絡付けて繋いでもらった方がいいですよ~」
真一さんの言葉を適当に流して、ユリちゃんは席を立つ。
慌てて私もベンチから腰を上げた。
「ユリちゃん、行こう」
2人で真一さんを置いて歩き出す。
話す必要がないなら、会話なんて無視していい。
「待って」
真一さんが、私の腕を掴む。
「放してください!」
掴まれた力があまりに強くて、反射的に声を上げた。
「ちょっと!人を呼びますよ!」
ユリちゃんが怒って、手を外そうとする。
だが、手が外れることはなかった。
「チッ」
ユリちゃんが、鞄から何かを取り出して、起動する。
ヴィィィィンという音を立てながら、それを真一さんの腕にぶつけた。
「うわぁ!!!」
真一さんの手が驚いた拍子に外れる。
その隙に、ユリちゃんより先のほうまで逃げた。
「ユリちゃん、ありが……」
??????
ユリちゃんの手にあるのは電動マッサージ機だった。
「あっちゃん! 行こう!!」
手を差し出されて、手を掴んで一緒に走り出す。
「ユリちゃんそんなの会社に持ってきてるの?」
「護身用!」
護身用にするのおかしくない????
「助けてもらってなんだけど、変な人だと思われるからやめたほうがいいと思うよ」
「でもめちゃくちゃ振動するから攻撃力高いから!!!!」
「そっかぁ……」
じゃあ、もうなにも言えないや。
トンカチだと死ぬかもしれないけど、あれじゃ死ななそうだし、いいかもしれない。
(でも、やっぱりあれは攻撃には向かないと思うから、防犯にはならないと思う)
過剰防衛になったら危ないという気持ちの間で悩む。
とりあえずユリちゃんがいてくれてよかった。それだけは間違いなかった。
それから数日後。
母親は家から出て行った。
鍵も付け替えたから、完全に自分の家に戻った。
一年色々あったけど、人生ここまで変わることもあるもんだなと思う。
ちょっと早いクリスマスパーティも、楽しみだった。
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