第27話 ご賞味あれ
「二人って、どのくらい連絡して、把握してます?」
帰りの車内。
唐突に切り出す。
「どういう意味です?」
「いや、神社まで来たのって、泣いてたのがバレたかなって」
「確かに、フォローの連絡は来ました。でもそれ以外は特に」
たぶん、キスしたとは言ってなさそうだなと思う。
なにかをしたら報告義務はあるけど、さすがに言いにくい。
日は暮れて、ヘッドライトが通り過ぎる車内を照らす。
こういう時間ってエモい気持ちになるよなと思いながら、過ぎていく風景を見ていた。
「夜、ラーメンはどうです?」
「ああ、ラーメン。いい……」
答えながら、ふと、キスの話をしないとなと思いなおす。
食べたら、にんにくが凄そうだな。
キスしないならいいと思うけど、これ本当に聞いてないな。
でも、家が違うトールには言わないと公平ではない気がする。
「うちの近くに、おすすめのラーメン屋ができたんですよ」
楽しそうな声を聞きながら迷う。
そうだ。ラーメン食べる前にしとけば問題がない。
でも、どうやって?
考えながら、ペットボトルのお茶を飲む。
想像するだけで恥ずかしくなってきた。
でもヘラヘラ「キスしました」なんて言えるか?
言えないよ。そんな恥ずかしいことは。
なら、行動あるのみだ。
「ちょっと車止めてもらっていい?」
覚悟を決めて、声をかける。
「え、ああ、はい」
自動車は道の端に止まった。
「大事な話があるので、ちょっとこっちに顔貸してください」
「怖いな……」
そう言いながら、こちらを向く。
よし、男は度胸だ。女だけど。
シートベルトを外して、身を乗り出す。
「え?」
顔を両手で掴んで、唇にキスをした。
残念ながら、自分には上手くキスをするという技巧がない。
だから、ただ口をつけるというだけの行為だった。
口を離すと、今度は頭を掴まれて、引き寄せられると再びキスをする。
するというか、された。
「ちょ、ぁっ」
「どういうことか、説明してくれますか?」
至近距離で、おでこを合わせたまま詰められる。
「あの、今日、したからっ、報告がわりにッ」
「へぇ……」
そう言いながら、また唇を塞がれる。
「ん、ぅ……ッ」
静かな車内に小さい水音が響く。
それが自分達が立てている音だと思うと、恥ずかしくて仕方がなかった。
「はぁ、だめだ。運転ができなくなる」
やっと唇が解放されて、頭を引き寄せていた手を離される。
トールは運転席に戻ると、額の汗を拭いてシートベルトを締めた。
(あ、シートベルト締めないと)
働かない頭で、のろのろとシートベルトを締める。
なんかキスをすると、エッチな気持ちになるなと思った。
「あの、ご満足いった?」
走り出した車の中、恥ずかしくなりながら聞く。
トールはこちらを見て「嬉しかったです」とほほ笑んだ。
「でも、足りないので、もう一段上げてもいいですか?」
「……もう一段?」
「同じキスなので」
同じキスなのに、一段上がるとは?
段はあの契約のやつだよね?
「キス以上ではないよね?」
「はい」
じゃあいいかなと思う。
キス以上に行くなら、その日はちょっとなと思うけどオマケみたいな気がした。
「うん……いいけど」
「よかった。これ。リップあるので塗っといてください。荒れるので」
トールが自分のズボンのポケットから、リップを取り出してこちらに渡す。
女の身体の自分よりちゃんとしてるなと思いながら、リップを塗った。
「あの。今日するの? ラーメンは」
「ラーメンは今日食べません。和食にします」
「あ、はい……」
ラーメンないなった。
なんか、さっきよりキリっとしてるし。
普通、キスするとフワフワっとするもんじゃないの?
不思議に思いながら助手席で座っていた。
夜ご飯はお寿司だった。
なんか、赤飯と同じような気分に感じて始終ソワソワする。
トールも同じようで、なんだか雰囲気が違った。
「なんか、トール怒ってる?」
いつもより言葉が少ないので、不安に思い聞いてみる。
トールは、ハッと気づいたようにこちらを見た。
「えっ? いや、すみません。違います。えっと」
そう言うと、口元を抑えて赤面する。
「緊張してます」
「緊張……」
えっ、これからするキスってそんなに緊張すること?
ヤリチン先輩が? うそだろ。
考えながら自分も、なんだか照れて赤面してしまった。
なーんだこれ。と思う。
雰囲気が、なんか恥ずかしい。
家には返してもらえなかったので、そのへんで下着を買った。
というより奢ってもらった。
今日、下着を奢られるって本当に大丈夫かと思ってしまう。
とはいえ、風呂から寝る準備までソワソワしたまま順当に済ますしかなかった。
「なんかさぁ。この雰囲気、困るんだけど」
寝る準備ができましたとも言えず、ベッドに座っているトールに話しかける。
「やっぱり思います? こっちもです」
「なんか……キスするだけだよね?」
「そうですよ」
腕を広げられたので、上に座れってことだなと思い、向かい合わせに座る。
こう、相手が望むように自分から行動するというのが、毎回けっこう恥ずかしいなと思ってしまう。
髪を撫でられて、目を閉じる。
優しく口づけられる。
(……?!)
今度は口を開けられて、歯を舐められて驚いて口を開ける。
口の中に舌が入ってきた。
「んっ、うぅっ……はぁっ、あろっ」
慌てて止めようとするが、口が閉じられないし、舌に舌がからまる。
(やばい、これエッチだ! エッチすぎる!!)
逃げようと思い身体をよじると、逆に強く抱きしめられてしまった。
チュ、チャク、と口から聞いたこともない水音がする。
「はぁっ、……ん、ンむ……ハァッ、あ」
隠せない羞恥心を抑えながら、要求に答えるが、頭が働かなくなっていた。
どちらのものかわからない唾液が、顎を伝って落ちていった。
呼吸が熱い。息も、どこまで自分のものかわからない。
涙がにじむまま、かすかに目を開けると、端正な顔が自分を貪っているのだと理解する。
(こんなこと求められていたのか)
働かない頭のまま考える。
内臓と内臓を絡めてるような感覚は、頭がおかしくなりそうだった。
その場に寝かされて、手を繋がれる。
そのまま求められるまま、よく分からないキスを続けていた。
「今日は、このへんにしましょうか」
いつぐらい経っただろう。
やっと解放されて、ぼんやりしたまま時計を見る。
1時間くらい経っていた。
トールが、何も言わずにこちらを見下ろしている。
「……なに?」
「いや、エッチな姿だなと」
どうなってるんだ自分は。
それと誰がこの姿にしたと思ってるんだ。
「頭がくらくらする」
一度立ち上がって、また座る。
「そのまま寝たらどうでしょうか」
「よだれと汗で臭くなるよ。服も汗で湿ってるし」
洗わなくてもいいけど、落としたほうがいい。
もう一度立ち上がって、風呂場に向かう。
トールは服を貸して、髪をかわかしてくれた。
なんかベタベタする強力なリップを塗ったので、これで唇はなんとかなるらしい。
ベッドで一緒に眠りながら、キスだけでこんなになるって、今後やっていけるかなと思う。
相手の性欲がこんなに強いとは思わなかった。
気持ちが良かったけど、時間が飛ぶくらい夢中になるとは思ってなかったので、それも怖かった。
しかし、本当に後悔したのは次の日だった。
本当に大変だった。
午前中は、映画を見ようと言われて見ていたはずなのに、途中からキスされて記憶がとんだ。
お昼ご飯を食べた後に歯ブラシが終わったと思ったら、また貪るようにキスをされていた。
何時間たっただろうか。
本格的に唇が痛くなってきたので、拒否して終わった頃には唇が腫れていた。
「明日、会社どうするんだ」
「ごめんなさい。でも唇が腫れてても可愛いですよ」
少し困ったような、照れた顔でトールが笑う。
その顔は、唇が赤いくらいで腫れてもいない、いつもどおりの端正な顔だった。
(ナツを危険視していたけど、正直危険なのはトールの方だな)
どっちも危険と言われたらそうですねとしか言えないが。
マスクをつけて帰ろうかと思っていると、ナツが家まで迎えに来た。
家で会う予定だったのに、なぜかこっちまで来てしまった。
「ユーキ。かえろー」
「……うん」
(この顔で会うのやだなぁ。この、なにをしたか分かる感じ)
マスクをつけて、帰り支度をする。
と、ナツが僕のマスクを顎までずり下した。
「一段階上がってる」
ナツの目が座っている。
「ユーキ。何時間された?」
「わかんない。なんか、時間がとんだ」
怒られていると思い、マスクをつけながら反省する。
腫れるまでやるのは、やっぱりちょっと変だよな。
「持崎部長。やりすぎっすよ」
「ごめんなさい。かわいすぎて止められなかった」
「素人に限度ってもんがあるでしょ」
めずらしくナツが怒っている。
どうしよう。なんかケンカみたいなことになった。
とりあえず話題を変えよう。
「今日思ったけど、しんじゃうから三人で住むのは止めようと思う」
「え!!!」
今日一日で思ったことを口にすると、トールが叫んだ。
「一人でも大変なのに、二人になったら身がもたないよ」
本当に今日思ったのだ。求めるままずっとしてたら頭がバカになると。
決められた日数ならどうにかなるけど、毎日無制限になったらさすがに命が危ない。
「持崎部長と一緒にしないでほしい。こいつは野獣」
「似たようなものでしょ! あなたも!」
焦っている二人を置いて、玄関に向かう。
「もう帰ろう。疲れた~」
キスだけで疲れるってどういうことだろうと思ったけど、たぶんカロリーを消費していると思う。
ダイエットにはなるかなと思いつつ、自宅に戻った。
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