美女と入れ替わったモブ男は2人に溺愛されて困っています!

花摘猫

第1話 美女になってしまったモブ

少し涼しくなってきた秋口の夕方。

取引先との商談が終わり、会社に戻るところだった。


駅入り口の階段を登っていると、真横をすり抜けるように何かが通り抜けていく。

驚いて反射的に見上げると、長い髪に夜職を感じさせる体にフィットした紺色ワンピースが、目の前を駆けあがっていった。


「あ」


次の瞬間、靴のヒールが段を外して、体が大きくよろめく。

振り返って見えた女性の顔は、メイクが落ちるほど涙を流していた。

見開いた大きな瞳が、自分をみつめたまま下に落ちてくる。


声を出す余裕もなく、女性に巻き込まれて階段から転がり落ちた。








「……ッ!」


ハッ、と目を見開いて、起き上がる。

目を覚ますと、まわりに人だかりができていた。

「大丈夫ですか?」


知らない中年の女性が、僕を心配そうにのぞきこむ。


(駅の階段から落ちたんだっけ)


「ああ、はい、大丈夫です」


反射的に返した言葉に、違和感があった。

声がかわいい。


「え?」


自分の声が、女性の声だ。

というか、よく見たら体も女性に見える。

顔の左右に栗毛色の髪、紺色ワンピース……先程の女性と同じ服装。

そして、目の前に自分がいて、自分を見ていた。


(どういうことだ?)


直感で考えるなら、漫画でよくある魂が入れ替わっているというものだが。

実際そんな話は聞いたことがないし、ありえない。

だけど、どう考えてもありえない話が現実に起きているとしか思えなかった。


「ご心配おかけしましたが、大丈夫みたいです。ありがとうございました」


人だかりが気になったので、場を収めようとをほほ笑む。

都会は冷たいとはよく言うけれど、10人も人が集まるのなら冷たくもないと思った。

僕の言葉に、人々は良かったよかったと解散して去っていく。


「あなた、人生生きていれば悪いこともどうでもよくなるから頑張ってね。必要なら病院にも行った方がいいわよ」


声をかけてくれた中年の女性が、手を握って元気づける。

ああ、さっきの女の子の顔、すごく泣いてて化粧が酷かったもんなと理解した。


「ありがとうございます」


自分ではないが、代わりにお礼を言うと、女性は満足そうに帰っていった。

後姿を見送りながら、どうしたものかとため息をつく。


「あの、すみません。さっき階段の下にいた人ですよね?」


人が去ったあと、自分に酷似した男がずいっと近づいてきた。

きっとこの体の持ち主の女性だろう。


「ああ、はい。この体、やっぱりあなたのですか」

「はい。理由は分からないですが、なぜか入れ替わっちゃったみたいです。本当にごめんなさい」


困った顔のまま自分に頭を下げ続ける自分の姿が奇妙だ。


「ぶつかって落ちるだけで体が変わってたら、今頃世界中で入れ替わりがおきてるだろうから、関係ないかと」

「そうでしょうか……それにしても、これからどうしましょう」

「とりあえず、用事があるなら先方に連絡を入れた方が良いかと」

「ああ、確かに! お店に連絡入れますね」


こちらにスマホをむけて顔認証のロックを解除すると、ポチポチと操作しはじめる。

自分もそうだが、相手も意外と冷静だ。


(僕も直帰連絡をしよう。でも明日も無理かもしれないから、上司に直接連絡しておくか)


ラインを起動させて、階段から落ちて見た目が女になったので、直帰するし休むかもと連絡する。

上司の持崎先輩は、大学時代からの仲で、友人みたいに話しやすい間柄だった。


瞬間、既読マークがすぐにつく。


ブブブ……ブブブ……。


畳み掛けるようにスマホのバイブ音が鳴りはじめた。


(ゲ、通話かよ)


少し悩んだが、仕方がないので出ることにする。


『もしもし! どういうことです?』


通話ボタンを押すと、自分が話すより早く先輩が話し始めた。


「よくわかんないんですけど、駅の階段から落ちたら女性と入れ替わってて」

『話し方は似てますけど、そんな漫画みたいな話あります?! ボイスチェンジャーとか使ってません?』

「ボイチェンじゃないんですよ。体に異常はないんですが、相手と話さないといけないので直帰を」

『今、どこにいるんですか?』

「今ですか? ああ、今日商談だったエクストラさんがある駅ですけど。これから喫茶店にでも行きますよ」

『私も行きます』

「え? 来なくていいですよ先輩が来ると目立つんで。あ、ちょ」


断る間もなく、電話を切られてしまった。

どうして来るんだ?謎すぎる。


「上司さんが来るんですか?」

「そうらしい。謎だけど、とりあえず喫茶店に行こうか」


立ち上がろうとすると、大きな手に腕を掴まれた。


「ちょっと待って。その顔で歩き回ったらだめ!」

「うわっ」


バランスをくずして軽く尻もちをつく。

腕を掴んだのは、オネエのような口調の自分だった。

もとは自分身体のはずなのに、力が強くてちょっと怖い。


「ごめんなさい! でもメイクがひどすぎて。拭かせてください」


相手は謝りながらカバンからメイク落としシートというものを取り出す。


(あ、化粧崩れが酷かったもんな)


考えている間に、大きな手が顔を挟んでグイっと上を向かせられた。

至近距離に元の自分の顔が近づいて、正直キツすぎて反射的に目を閉じる。

深く考えなければ、髪を切るのと似たようなものだと自分に言い聞かせた。


目を閉じているからわからないが、優しいということがわかる手つきで顔を撫でられる。


「なんかエッチですね」


聞いてはいけない単語が聞こえた気がした。


「は?」

「いや、変な意味ではなくて、男になった手で触ってみると顔が小さくて柔らかいので」

「よく……わかんないな」


そりゃあ女の子に触ればドキドキはするだろうけど、自分の体だろ?

まぁでも目を閉じていたら、元の自分の体かなんて……いやいや、でも変な気持ちにはならないだろ。


(変な女に体を乗っ取られてしまったかもしれない)


別の意味でドキドキしてしまう。

恋愛とかあまり興味がなかったが、女になるとは思わなかった。早く元に戻りたい。

カードゲームのイベントにも女じゃ行きにくいし、オネエみたいな僕が爆誕してしまった事実が辛すぎる。


「はい。終わりました。簡単に見られるレベルにはなりました」


人生に落ちこんでいるうちにメイクは落ちたらしい。

鏡を渡されて見てみると、ほぼノーメイクのはずなのに可愛い顔がそこにあった。


「あ、素顔も可愛いんだな」

「エッ」

「まぁいいや。とりあえず喫茶店に行こう」


流し見た相手の顔が少し赤くなっているのを見て、やっぱり変な女かもしれないと思う。

二人並んで歩くと、元の自分の背の方が少しだけ高くて、傍目から見ると元の自分も見た目けっこうマシかも?と思った。


「僕の名前は竹下祐樹。25歳。そっちは?」

「上田愛夏。23歳です。巻きこんじゃって本当にごめんなさい」


オネエのような口調で申し訳なさそうに謝られる。

だけど、入れ替わりは普通に起きないことだし、足を滑らせることなんて誰しもある。


「もう謝らなくていいよ。誰でも階段から落ちることくらいあるんだから」


高いヒールに苦戦しながら手を振る。


「七センチヒールだからきついよね。おんぶする?」

「必要ない」


きついけど、プライドがあるので根性でなんとかしたい。

駅前にある喫茶店まで根性で歩く。


「上司の方ってどんな人です?」


道中、軽い質問をされた。


「名前は持崎。高身長・イケメン・性格いい・女にモテる。だけど特定の相手は作らないタイプ」


変な期待は持たせたくないので、素直に良い悪いものを織り交ぜて話す。

上田は、ああ、と笑って軽く手を叩く。


「ああ、本気になると一番時間を無駄にする男」


さすが中身が夜職の女。

理解があるって楽だな~と思いながら、店に続く階段を昇った。





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