07.天狗

 学校へと続く通学路、通行人の中にウチの高校の生徒たちがまばらに目立ち始める。

 今日は夏休み前最後の登校日。ちゃっちゃと終業式に、ホームルームを済ませたら、待ちに待った夏休みだ。本来なら気持ちが弾み、嬉しい気分のはずなのだが……。

 「いやぁしかし、今朝の修行は見事だったのう。試しであれなら、これから将来楽しみ――いや将来楽しみが増えたわい」

 ……この隣で着物をヒラヒラ漂わせ浮いている存在がなければの話しだが。

 「……何で着いて来てるんですか」

 「うむ、弟子がどんな学び舎まなびやに通っているか見たくての――ところで湊人、さっきから何故わしと話すときはを耳に当ててるんじゃ」

「……」

 ――本当のことを言うと傷つけてしまうだろうか。玉津姫と話してる時は、他の人には見えないからだとは。

 もしスマホを手に持ってなかったら、空に向かってぶつぶつ独り言を呟くヤバい奴になってしまう。

 そんな事を内心に考えていると、どたどたと足音が近づいてきて佐和田が声をかけてきた。

「おっす湊人ー!誰と話してんだあ彼女かあ」

「おはようさわちゃん、居ねえっての」

「湊人にはまだ思い人が居らぬのか」と弾んだ声が聞こえた気がしたが、スマホをしまい、友人と一緒に学校へと向かった。

 

 終業式も終わり、いよいよ夏のインターハイに向けて、強化練習が始まった。

 顧問が吹いた笛の合図とともに、 プールへと飛び込む。水中へと潜った瞬間感じる――温かい感触。それは温度としてではなく、まるで生き物の皮膚に触れて体温を感じたよう奇妙な感触――水が躍っている。それらは意思をもってして僕の意志を感じ取り、泳ぐ僕を前へ前へと押し上げるようだった。自分の能力を自覚してから、身体の操作性が前より上がった。もはや、地上よりも水中の方が自在に動かせる気さえする。そして、気がつくと僕は、プールの壁にタッチしていた。

「すごいぞ川瀬、ベストタイム更新だ!」

 顧問の先生が興奮した声で僕を呼ぶ。ゴーグルを外すと、他の部員はまだまだ後ろで、泳ぎ切ってなかった。

 プールサイドから上がるとみんな集まってきて僕を囃し立てた。

「すげえな川瀬」「ダントツ過ぎだわ」

 慣れない歓迎に思わず顔がにやけてしまう。人垣の向こうに玉津姫が垣間見えた。

 ――きっと嬉しそうに笑っていることだろう。

 そう思い目を向けると、そこにあるのは神妙な面持ちをした玉津姫だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る