人生初見遊戯

鈴木 正秋

安心感を得たい

趣味が少ない僕は最近、とある芸能人の趣味である散歩を真似てみることにした。平日の昼間は仕事に明け暮れているので、仕事を終えた夜にすることにした。

家に着くのは19時半くらいのため、そこから夕ご飯を軽く食べて、運動靴に履き替える。そして、実家の近くを30分くらい徘徊する。

何十年も暮らしている街なので、見慣れた景色しかない。


ここは通っていた小学校の通学路だ。

ここの自販機で初めてエナジードリンクを買ったな。

ここで部活ものの漫画のようなシチュエーションをやったな。

ここにコンビニあった気がしたけど、潰れちゃったのかな。

ここも、あれも、それも。

何十年も暮らしていると、数分歩けば思い出に再会する。

そんな僕だが、大学生の時まで「地元最高」とか言っている人間が嫌いだった。


 昔から自意識が過剰だった僕は大人になったら、何かで有名になってこの街から出て行く。いや、正確には出て行かざる状況に陥ると思っていた。

日本の首都は東京で、東京には様々な人が集まる。

僕もその例に漏れず、いつかは東京へと進出しているものだと思っていた。というか僕以外の人間も半数以上、上京するものだと思っていた。

だから、「地元最高」と言っている人たちもいつかは地元を離れて、いつものメンバーでいつものように遊ぶなんてことできないのに、何を言っているだろうか、と考えていた。


だが、社会人生活を半年過ごして、僕の脳裏に一つの答えが過った。

安心を得たいのだ。


学生という人生のチュートリアル編では、ひとつミスをしても損害なんて出ないことが大半だ。騒ぎになるほど大きなことをやらかさなければ、問題になることは少ない。そして、友達との雑談の中で笑い話にもなるだろう。


社会に出ても同じだと思っていた。


しかし、現実は違う。


一つのミスで大きな損害を生み出す可能性は大いにある。そして、僕の場合はそのミスを笑い話にすることも許されない環境だった。

僕の中での社会人はミスをしたら、ミスをしたその日か、その週の金曜日に上司か先輩が飲みに誘ってくれて「一年目なんだから失敗は誰にでもあるさ」なんて甘い言葉をかけてくれる。それに対し僕は「絶対に同じミスはしません。先輩たちの力になれるように日々精進します」なんて言って、ビールを呷る。

そして次の出勤日から心を入れ替えて、仕事に臨む。

それが社会人の生活だと思っていた。


だけど、それは理想論らしい。現実は冷たく、不安定な足場の上で日々を過ごしているのだ。


だから、安心感が欲しいのだ。


歳をいくつ重ねようと、変わらない関係でいられる。それが「地元最高」と思う根源であり、地元の友人というものなのだろう。


そんな単純なことに気が付くのに22年もかかってしまった。ああ、もっと早く気が付いていたらなぁ。タラレバは言ってしまえば、足踏みをしているようで悔しいので、僕の人生はこれで良かったのだと開き直ることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

人生初見遊戯 鈴木 正秋 @_masaaki_

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ